<リンク>
志賀原発廃炉に!訴訟原告団HP● http://shika-hairo.com/

  命のネットワーク

 〒925-0052 石川県羽咋市中央町サ5 (羽咋労働会館内)
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<NO.52 2018年12月20日発行>

リスク増やすだけの志賀原発は廃炉に!
 さよなら!志賀原発ネットが北電本店&石川県に申入れ

 命のネットも参加している「さよなら!志賀原発ネットワーク」が11月7日午前10時、北陸電力本店に対し、3.11以来7年半にわたり停止したままの志賀原発1・2号機は直ちに廃炉にするよう申入れました。
 共同代表の中垣たか子さんをはじめ石川県平和運動センターの事務局長と富山県平和運動センター議長、森一敏・金沢市議、東・富山県議など15名が出席しました。うち命のネットワークは盛田代表が入院中でしたが、滝口保・副代表ら4名が参加しています。(右写真:申入書を手渡す中垣たか子共同代表)

 ●再稼動に固執し、リスクは増大!
 志賀原発は7年半以上停止が続いていますが、その間、使用済み燃料の冷却などに電力を消費し続けています。原子力発電費の名目で計上されている原発の維持管理費は毎年、400億円以上かかり、2011年度~2017年度の総額は約3600億円に及びます。
 再稼動に固執すれば、そのための安全対策工事費への投資も続けなければなりません。15年度以降は公式発表では「1千億円の後半」とされていますが、詳細は不明のままです。再稼動できない限り全く回収の見込みがない投資を続けた結果が、突然の電気料金値上げと2年連続の株式配当の無配です。大事故のリスクに加え、志賀原発は北電にとりお荷物でしかないことは明らかです。経済的な視点からも、速やかに廃炉の決断をするべきです。

 ●火力発電の安全対策費にも悪影響!
 北海道電力管内で発生した広域停電の際には「原発の再稼動を優先して火力発電の更新が後回しになっていた」と指摘されていましたが、最近の七尾大田火力発電所での事故発生は、北陸電力も同様の状況にあることを示しています。また、他地域との連携線に関しても、中電とは30万kwのみで、しかも直流送電なので停電していれば使えず、関西との連携線が何らかの事情で使用不可能になれば、広域停電の可能性も否定できません。
 再稼動への固執は経営を悪化させた上に他の電源の安全確保にも悪影響を及ぼしています。

 ●「無保険で運転する」に等しい!
 原発事故による被害回復のための備えは再稼動より優先されるべきなのに、原子力災害の損害補償金の上限は1200億円に据え置かれることになりました。福島原発事故で東京電力の損害賠償費用はすでに8兆円を超えており、10兆円に迫るとも言われています。にもかかわらず上限が1200億円のままでは、実質的には無保険状態と言っても良い状態です。このままで再稼動するとは、無責任の極みというほかありません。賠償金の上限引き上げによる高額の保険料が負担できないのなら、原発から撤退するべきです。

 北電側は広報部の担当課長が対応しましたが、上記3点の指摘と申入書の多くの批判点について、「安全第一に対応したい」という決まり文句を繰り返すのみで、具体的な事実説明は全くありませんでした。
 命のネットの参加者からは「この7年半、基幹電力を担ってきたのは水力発電ではないか。料金値上げの直前まで他電力会社と比べ水力発電のお蔭で低料金、さらに中小水力の開発に注力して規模を倍増する、と言っていたことはどうなったのか」と糺しました。しかし、これにも具体的説明はなく、止まったままの原発の再稼動が全てに優先するという異常さが目立つばかりでした。       <11.29北陸中日>
 こうした北電の対応に対し、富山県 の参加者からは「北電が廃炉の決断ができないというのなら、最大株主の富山県に対する働きかけを強める」という声も上がりました。
 この後、さよなら!志賀原発ネットは11月28日、石川県にも同趣旨の申入れを行なっています。これには滝口保・副代表が出席しました。
 
*註⇒以下に、申入書の全文を掲載します。この間の経過が極めてコンパクトにまとめられていますので、ぜひご一読下さい。
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                                                           2018年11月7日
北陸電力株式会社 代表取締役社長 金井 豊 様

                                       さよなら!志賀原発ネットワーク 共同代表 岩淵 正明(石川県憲法を守る会代表)
                                       共同代表 新明 宏(石川県平和運動センター代表)
                                       共同代表 中垣たか子(原発震災を案じる石川県民・世話人)

                             申 し 入 れ 書

 2011年3月11日の東日本大震災以降、志賀原発1号機・2号機ともに停止したまま、すでに7年半以上が経過しました。この間一貫して貴社は「志賀原発の再稼動をめざす」として、2014年8月に2号機の新規制基準への適合性審査(安全審査)を申請しました。この時点では原子力規制委員会の有識者会合による敷地内断層の調査及び審査がまだ継続中で、実質的な審査が開始されたのは2016年4月に有識者会合の評価書が提出された後、2016年6月のことです。
 しかし、それから2年以上たっても審査は一向に進んでいません。さる9月21日の審査会合では、貴社が提出した資料に説明不足や誤記が余りに多いことが指摘され、委員からは「論外」「時間の無駄」といった厳しい言葉が飛ぶ有様でした。以前の審査会合でも記者の見解はたびたび否定され、委員の質問に十分な説明ができずにいる担当者の無様な姿に住民らは「こんな会社が原発を建設し、動かしてきたのか」「これでもまだ原発を動かす機七尾か」と不安を募らせています。
 2号機の審査が進捗せず再稼動はめどが立たない状況ですが、1号機は審査申請のめどさえ立っていません。貴社の経営陣は「敷地内の断層は動かない断層であることをご理解いただけるものと確信している」という趣旨の発言をいまだに繰り返していますが、1号機・2号機ともに再稼動の見込みがないことは明らかで、社内でも「(志賀原発は)“本当に動くのか”と危機感が増している」と、地元紙にも報道されているのが実態です。
 2016年4月、透明性・中立性の条件をクリアした4名の専門家からなる有識者会合が、2年以上にわたる審査会合を経て原子力規制委員会に提出した「評価書」の結論は『1号機原子炉直下と2号機タービン建屋の安全上重要な配管直下にある破砕帯(断層)は、いずれも将来活動する可能性が否定できない』というもので、これは新規制基準に照らせば『志賀原発の敷地には原発を建設してはならない』ということに他なりません。今まで北陸電力を信用していた住民にとって機syの主張がことごとく否定された衝撃、そのショックの大きさは計り知れません。この時点で1号機・2号機ともに速やかに廃炉の決断をするべきでした。
 志賀原発が停止していても、大雪の冬も猛暑だった今年の夏も電力供給にはなんら問題は生じていません。その一方で、原子炉建屋への雨水流入や大雨によるモニタリングポスト床上浸水など、原発の安全性に関わる問題が次から次へと起きており、停止中であってもゆるがせにはできないはずの安全管理体制にゆるみが生じているのではないかと危惧されます。長期間停止による運転員の士気の低下も気がかりです。
 また、昨年度実施された原子力規制委員会と電力事業者による事故を想定した訓練で、貴社は「規制委員会との情報共有」において最低評価でした。理由は「社内の情報共有システムがダウンし発電所の情報が伝わらなかった」というきわめてお粗末なもので、こんなことでは到底過酷事故には対応できません。「北電には原発運転の資格なし」と、改めて言わざるを得ません。
 さらに、9月6日に発生した北海道電力管内の全域停電では、原発の再稼動を優先して火力発電所の更新が後回しになっていた、いわば「原発依存が招いた“人災”」ではないかという指摘があります。この指摘は北電にとってもよそ事ではありません。
 台風による停電でオフサイトセンターが機能停止するなど、昨今多発している自然災害に対する原発の脆弱さも深刻な問題で、原発の存在自体が北陸電力にとっても大きなリスクであるという事実が明らかになっています。電力供給には必要のない、全く発電せずに電力を消費しているだけの原発のために、これ以上危険にさらされることのないよう、以下、申し入れます。


                            【申 入 れ 事 項】
1.志賀原発1号機は速やかに廃炉にすること。
2.新規制基準適合性審査が続いている2号機も、直ちに審査の申請を取り下げ、廃炉にすること。

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 視点・論点
   こんな日本に誰がした?!

 今年は明治維新(1868年)から150年たちます。安倍首相のおひざ元、山口県(長州)などをはじめとして政府は様々な記念行事を行なっています。そこには、東日本大震災-福島原発事故などはなかったこと、東京オリンピックにむけ日本の力を示す時だという考えが示されています。
 一方、10月21日の地元紙・北陸中日新聞の社説では『来た道をたどらぬよう』と題し、長州の思想家・吉田松陰の夢想した「アジア侵略の戦略図」が山形有朋や伊藤博文など志士たちに深く埋め込まれ、近代日本の戦争の歴史をつくってしまったこと、そして国民も戦争に無縁ではなく、相次ぐ戦争の勝利に熱狂したことを忘れてはならないと指摘しています。

●植民地同然の主権なき日本―安保条約と日米地位協定

 しかし、こうした良心的な批判―過去の過ちを繰り返してはならない-は、今の日本の根本的な現実を指摘していません。明治150年の今、日本は世界でもまれな「主権なき国」に成り果てています。在日米軍兵士や軍属による事件や事故は旧安保条約が発効した1952年から2017年9月までに21万件を超え、日本人死者は1092人に上っています。これには日本復帰前・1972年以前の沖縄の事件・事故は含まれていませんから、実際の被害はこれを大きく上回るのです。
 普天間基地撤去の声を引き起こすことになった少女暴行・殺害事件、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故は、米軍とアメリカ司法の手にゆだねられ、事件の犯人と事故の当事者はのうと生き延びています。他の事件、事故についても同様です。そればかりか、その結果は普天間基地撤去ではなく、新たな恒久的基地=辺野古新基地建設にすりかえられ、強行されています。
 オスプレイ配備の背後には、日米安保条約と日米地位協定に基づきアメリカは「接受国通報」という名の通達を1本出せば、日本全国の上空で、アメリカ国内では絶対にできない危険な超低空飛行訓練を行う権利があるという事実があります。同盟関係と言いますが、「アメリカが占領期と同様に、日本全土の基地化と在日米軍基地の自由使用」が基本なのです。いくらアメリカが超大国であるとはいえ、これほど主権なき状態の国はアフガニスタンや北朝鮮と休戦中の韓国ですらありません。これが戦後73年もたつ今の日本の現実です。

●沖縄に押しつけることで国民の目をそらす

 明治維新の志士たちも主観的には「このままでは欧米列強の植民地や属国になってしまう」と草莽決起し德川幕府を打倒しました。維新成功の後も、領事裁判権など不平等条約改正に苦労しています。何のための「維新回天」の大業であったのか?国民同士が殺しあった西南戦争や、日清・日露戦争での十数万の戦死者、先の日中戦争や太平洋戦争での300万人を越える戦死者、そしてこれら侵略戦争の被害を被ったアジアの2千万人ともいわれる死者の意味は何だったというのでしょうか?「過ちは繰り返しません」で済む話ではありません。
 1947年、昭和天皇は吉田政権の頭越しに「沖縄に対する米国の軍事占領が25~50年にわたって続く事を希望する。それが日本の防衛に役立ち、かつアメリカの利益になるだろう」と自ら米国へのメッセージを発しました。昭和天皇は戦後も政治に不介入ではなく、日本の根本的な選択の際には、極めて重要な役割を果たしています。吉田政権だけでなく歴代政権は、これを背景にして、日本の苦しみを沖縄に転嫁してきました。安保条約-日米地位協定をめぐり「琉球処分」は明治初頭だけでなく、戦後も繰り返されてきたのです。
 アメリカの植民地同然でありながら、苦しみの大半を沖縄に押しつけてきたのが「帝国・日本」の戦後の歴史です。いま辺野古で起きている、続いている事態はまさしくその象徴です。



西海風戸「お川」民宿のご主人―

 小川 一男さんの逝去を悼む


 団結小屋から北方向を望むと眉のように美しい西海風戸の岬が伸びています。志賀原発を8㌔向かいに見る海岸に建つ民宿『お川』のご主人、西海風戸の小川一男さんが昨年9月7日、逝去されました。享年86才。
 小川さんは志賀原発に反対してたたかい抜いた「富来町ふるさとを守る会」の最後のメンバーです。西浦の沖崎信繁さん(98年2月6日逝去、69才)、福浦の柴田増太郎さん(98年9月28日逝去、74才)、西海風無の川辺茂さん(2002年12月26日逝去、78才)、福浦の中町良雄さん(2010年9月6日逝去、80才)が亡くなられた後も、小川さんは地域の中で「原発のない能登」をめざし終始がんばってこられただけに、本当に残念でならない。ご逝去を悼み、心からお悔やみ申し上げます。
 小川さんは西海郵便局に勤務され、旧全逓労組の役員として活動される一方、奥さんの朝子さんとともに民宿「お川」を営まれてきた。その「お川」民宿は旧全逓の人々やふるさとを守る会の溜まり場であるとともに、2005年からは能登ピースサイクルの前泊地・出発地ともなってきました。(右写真―2015年7月、ピースサイクルを見送る小川さん(中央))
 珠洲原発建設計画を阻止できた背景には、関電がねらった高屋地区で塚本さんのお寺が「地域のたまり場」となって日常的に現場の運動を支えたことを忘れることはできません。私たち旧・原告団、今の命のネットも毎年末の懇親交流会や折々の交流会などで「お川」を度々訪れ、貴重な「たまり場」でした。西海の魚以上に、小川さんと朝子さんの人柄が最大のご馳走だったと今も偲ばれてなりません。
 83年に富来町勤労協が結成されると各職場から懇請されて初代会長の重責を担ってこられました。市川邦夫・前富来町議、堂下健一・志賀町議の誕生は、小川さんの存在抜きには考えられません。86年の原発の是非は住民投票に問え!という直接請求運動では、「お川」民宿が事務所となり、富来全町への出撃拠点となりました。その間1カ月、編集子も「お川」にワープロをかかえて泊り込み、小川さんの男料理で英気を養ったことを思い出します。
 郵便局を定年退職後は8年間、風戸の区長を務められましたが、地区のまとめ役を果たす一方、ふるさとを守る会の活動を一歩も引くことなく取り組んでこられたことにも頭が下がる思いがします。西海といえば「川辺さん」と言われますが、私たちとってはそれ以上に身近な、そして尊敬する方でした。心からご冥福をお祈りいたします。   合掌



*印刷に入る直前の12月3日、命のネット会員である羽咋市柳田の長谷川正義さんが急逝されました。次号で詳報します。

第19回定期総会は3月9日に開催します! 
 ◆と   き  2019年3月9日(土)
 ◆と こ ろ  羽咋労働会館・2階ホール
  *総会関連行事は未定、相談中です。追ってご連絡します。



<各地のたより>

●珠洲ウルトラマラソンを走ってきました!
  先日(10月21日)、珠洲市でのウルトラマラソンを走ってきました。パックで申し込んだため金沢~珠洲間の特急バスの移動となって、途中下車ができず、お会いできませんでした。バスの車窓から千里浜の浜辺のなぎさドライブウェイや日本海を見ておりました。奥能登は初めてで、半島の最先端・碌剛崎灯台まで登るコースで、よく晴れていて大海原の景色を楽しむことができました。
 原発や核廃棄物貯蔵施設の候補地に選ばれそうな、コース沿いの山林原野が随所に見られました。人家のないゾーンが広く、道はしっかり整備され、会場からの搬入が容易といった条件が目をつけられた要因のように感じられました。千枚田から延々と続く海岸線の、狼煙地区から寺家、正院を抜け見附島も初めて間近に見ることができました。
 帰途、金沢で1泊し、内灘町でかつての内灘闘争の幾つかの関係場所を訪ね、また北陸の「宝塚」と呼ばれた粟ヶ崎地区で短期間に姿を消してしまった、かつての栄華の後を探して歩き回りました。「金沢・海みらい図書館」にも行ってきましたが、建物の見事さに驚かされました。広々として館内は光にあふれ、ゆったりとしたスペースと豊富な蔵書量を羨ましく思いました。天気にも恵まれ、金沢~能登のトリップを十分に楽しむことができ満足しています。季節の変わり目です。お体ご自愛ください。(宮津市・上辻 治) *編集部・注⇒インターネットで調べたところ、上辻さんは60㌔の部で完走109名中、84位、タイム8時間40分58秒とのこと。喜寿を前にして羨ましい限りです。

●早速、安定ヨウ素剤をお送り頂きまして有難うございます。自宅に置くのはもちろんですが、何時・どこで何が起こるか分からない…原発は日本中にあります…。来週、京都の本山へ行きますが、カバンに入れていこうと思っております。(穴水町・清滝美津子)

●台風一過…久しぶりに青空が広がっています。このたびは『命のネット通信』の各地のたよりに「双葉地方原発反対同盟は健在なり!」と取り上げていただき、大変恐縮致しております。誠にありがとうございました。前の裁判の時とその後の講演で伺い、能登地方の自然の豊かさと皆さん方のお人柄に心を打たれたことを今も鮮明に覚えております。福島原発の廃炉は地下水に翻弄され、「多核種除去装置」も全く信用できずトリチウム以外の核種も取り出せずにいます。共に“原発なき日本”をめざし頑張りましょう。(いわき市・石丸小四郎)

●前略、『3.11敗北を抱きしめて』を送って頂き有難うございます。内容がかなり濃さそうなパンフレット、じっくり読ませていただきます。11月14日は久しぶりに東電刑事裁判に行ってきます。今後ともよろしくお願いします。草々(京都市・佐伯昌和)


<編集後記>

●翁長知事の急逝で行われた沖縄知事選挙。期日前投票が非常にふくれあがるなど安倍政権の異常極まるテコ入れ・締め付けが目立ち、開票直前まではらはらしましたが、8万票の大差・歴代最高得票で玉城デニー知事が誕生しました。民意は明白です。それでも土砂投入を強行すると12月4日の各紙は伝えています。何が何でも沖縄は軍事植民地という、この日本はまさしく「帝国」です。原子力帝国であるだけではありません。戦後73年、明治維新150年の、日本の現実を直視しましょう!
●11月下旬に通常の『命のネット通信』とは別に、パンフレット『3.11敗北を抱きしめて』をお送りしました。これは会費納入者と友誼関係者の方に限って送付したものです。内容は新しく書いたものではなく、これまでの講演録や寄稿原稿などをまとめたもので、編修子個人の思いをぜひ知って頂きたいとの願いでつくったものです。ご意見や感想、お待ちしております。
●右足を上げていたつもりが上っていず、椅子に引っかかって転倒。病院で診てもらったら肋骨2本が折れていました。トホホ‥です。頭と身体がすんなりとは一致していないことにもっと注意せねば、と深く反省。しばらくおとなしくしますが御了承下さい。<タナカ記>


<NO.52 2018年10月10日発行>


 ★30㌔圏に96万人★  東海第二は動かすな!


 9月1日、茨城県水戸市で東海第2原発の再稼動に反対する県民集会会が開かれ、千名をこす人々が集まり、中心街を行進。命のネットも3名が参加しました。(下記参照)
 東海村にある日本原電・東海第二原発(志賀1号機と同じBWRで110万kw)は、40年前の78年11月、国内初の大型原発として営業運転を開始しました。すでに40年もたった「老朽原発」なのに、あと20年も運転させようと、日本電電は再稼動を求めています。呆れたことに原子力規制委員会は再稼動に積極的で11月までに運転期間延長を認可しようとしています。
 左図で分かるように東京まで100㌔、30㌔圏内には96万人も住む地域です。150㌔圏は人口が集中する首都圏であり、避難計画など全くの絵空事です。加えて東海村には最も危険な使用済み核燃料再処理工場や、あの臨界事故を起こしたJCO核燃料工場など原子力施設が集中しています。重大事故が起これば、フクシマの比ではありません!


 ◆3.11、危機一髪だった東海第二!20年の特例を通例にさせるな!

 3.11当日、2日前に防潮壁のかさ上げ工事が完成したばかりでした。津波があと40㌢高かったら!奇跡的な偶然です。それでもやはり浸水して非常用発電機1台がダメになり、必死の手動操作で冷温停止するまで3日半もかかりました。福島の4原発が40年近い老朽原発だったことも事故原因の一つです。運転は40年まで。20年延長はあくまで特例のはずです。しかし、日本原電と規制委員会は3.11フクシマがなかったかのように、事故の教訓を忘れ、20年延長の特例を事実上、「通例⇒60年運転」にしようとしています。
 原電が保有する発電所は全て原発だけであり、現在は全く売上げがありません。この7年間やってこれたのは、東海第二と敦賀2号機の設備維持管理を名目にした電力各社からの「基本料金」約1000億円の収入が毎年あったからです。


 ◆首都圏5千万人を危険にさらす再稼動 その原電に北電も支援拠出!

 破たん状態の原電を救うためだけに、首都圏5千万人の市民を危険にさらす再稼動を規制委員会は認めようというのです。まさに原子力「寄生」委員会です。再稼動に必要とされる地震・津波対策費1740億円も東電と東北電力が支援する約束だと言います。
 東電は今や事実上の国有化=国民の税金で支えられている電力会社です。それが他社に2740億円もの基本料金や支援金を出すなどとは許せない話です。ちなみに昨年突然経営危機と称し料金値上げした北陸電力も毎年168.6億円の「基本料金」を原電に支援拠出しています。石川・富山県民としても許せることではありません。


 ◆画期的な新安全協定

 青森と並ぶ原子力施設が集中する茨城県ですが、こんなデタラメな再稼働計画に対しては、県都の水戸市を始め63%の市町が廃炉や再稼動反対の意思を表明しています。
 さらに注目されるのは今年3月末に東海村、周辺の水戸、日立、ひたちなか、那珂、常陸太田の5市で構成する「原子力所在地域首長懇談会」の粘り強い交渉で、原電が隣接する5市に「実質的な事前了解権」を含む安全協定を認めたことです。
 5市の努力はもちろんですが、立地する東海村の村上・前村長の熱意が背景にあります。それだけ原電への不信、JCO臨界事故の教訓が大きかったのです。


◆20年運転延長を止めさせ、全国の原発を廃炉に追い込む天王山に!

 東海第二は3.11で被災し損傷した老朽原発です。電力と安倍政権がこのまま各地の原発再稼動を進めても、近々40年となる老朽原発が大半。東海第二の20年運転延長を全国の力を集中して阻止し、各地の原発を廃炉に追い込む決定的な転換点にしましょう!



 東海第二は首都圏原発だ!再稼動は絶対阻止!
    ―9/1再稼働ストップ!茨城県大集会に1000人-

 9月1日午後、茨城県水戸市の駿優会館で「東海第二再稼動STOP!茨城県大集会」が開催され、命のネットからはタナカ、藤岡、舘谷の3名が参加。当日は曇天でむし暑い日だった。
 会場の収容人員は880名。参加者は通路にあふれ、いやがうえにも熱気は高まった。桜井勝延・前南相馬市長、河合弘之弁護士などが次々と登壇。それぞれ熱のこもった訴えが続いた。閉会にあたって茨城大・原口弥生教授のあいさつがあった。大成功をかみしめたのか、参加者への感謝のくだりで感涙、言葉にならなかった。胸に迫るものがあった。

 3時半過ぎ、駅前~宮下銀座をデモ行進。「日本原電は再稼動を断念せよ!」「原子力規制委員会は再稼動を許可するな!」「20年延長を許さないぞ!」―1000名のデモ隊が訴えるシュプレヒコールはボリュームがあったように感じた。地元紙・茨城新聞は翌日、「再稼動阻止1000名が気勢」とカラー写真入りで大きく報じていた。

 終了後は再稼動阻止全国ネットワークの「全国交流・相談会in茨城」(今回で22回目になる)に参加。夜の「東海第二をめぐる動きの報告」に続き、翌2日は全国の原発現地からの最新現状報告、意見交換会に参加した。青森、女川、福島、浜岡、志賀、若狭、島根、伊方、玄海、川内の順で発表があった。命のネットからはタナカさんが発言した。いずれの報告も反原発市民グループに属している者として勉強になることばかりだった。
 続いて「全国の力で東海第二を止めよう」をテーマに、論議を深めた。最後に阻止ネット運営上の諸問題、会計報告、次回開催地を話し合い閉会となった。(輪島市門前町・舘谷富士夫)                     

<編集部付記>現地と大都市を結んだ阻止ネットー全国相談会は今回で22回目となる。(羽咋でも13年4月に開催)いずれも大飯を皮切りに全国の原発の再稼動に反対する現地行動に合わせて開催されてきた。原発現地どおしが支援・連携するとともに、首都圏(たんぽぽ舎など)、関西圏が事務局と現地への動員を担ってきた。
 原水禁や労組など中央組織が現地行動を支える力を失っている中で、現地と大都市圏の運動体が自らの力で結びつき、この間の再稼動反対の現地行動を支え持続させてきた意義は大きい。インターネットで組織、活動の現況などをぜひご覧下さい。大変参考になりますよ!


 実効性があるのはヨウ素剤配布だけ!
   避難計画は机上の空論、再稼動の既成事実化

 7月20日、北陸中日新聞は1面トップでヨウ素剤をめぐる驚くほどひどい現状を伝えています。福島現地の子どもらの甲状腺ガンがすでに2百人を超えているのに、本当に悲惨としか言いようのない現実です。1999年のJCO臨界事故以来、ヨウ素剤の自主配布を進めてきた私たちは歯噛みする思いです。

◆子ども達に被曝を強制する国

 全国の原発現地、周辺地域で国や自治体が行なってきた避難計画は実際にはとても逃げられない机上の空論にすぎません。各地で行われている避難訓練は、住民に被曝を強制し、再稼動を認めさせるための官制セレモニーです。
 被ばくは避けられません。それが3.11が冷厳に教えている国・電力の本当の姿です。運よく避難できたとしても変えるべき故郷はないのが原発事故の結末であることも忘れられています。
 そんな中で、被ばくの影響を抑えることができるヨウ素剤の服用は唯一、実効性・現実性のある防災対策です。各自治体は国に追従することなく、住民にヨウ素剤の事前配布を行なうべきです。JC0臨界事故、3.11フクシマを経験してまだ自治体は住民を守る第一の任務を果たすことができないのでしょうか。

 ◆自主配布運動しかない!

 国は3.11以来、問屋や薬局に薬剤の移動を禁止し、販売への締め付けを強めて


 命のネットは9回目のヨウ素剤・更新配布を行います!

 以上のような状況の中で、命のネットは10月初めをめどに、従来会員に対する9回目のヨウ素剤・更新配布を行ないます。配布対象は約440名です。3.11後の新加入者については来年4月をめどに4回目の更新を行う予定で、配布対象は約540名を予定しています。



 核燃料サイクル計画、原発再稼動、
大間・東通原発建設計画はもうやめろ!


 茨城から帰ってきて僅か4日の間に重要なニュースが続きました。まず9月3日、北陸中日新聞だけでなく北国新聞も「MOX燃料再処理断念―電力10社、費用確保困難で」と報道しました。
 翌4日、電源開発(Jパワー)が青森県大間町で建設中の大間原発について新規系基準に対応する工事の開始時期が約2年遅れて2020年後半になると県、大間町に伝えました。延期は3回目!
 6日、北海道を襲った地震で道内の全発電所が停止し、道内全域が停電になりました。このとき泊原発は「外部電源喪失9時間半」という事態になりました。

◆核燃サイクル根拠失う!

 MOX再処理ができなくなれば、核燃料の核燃料の再利用は1度のみとなり、核燃料サイクルの意味は殆どなくなります。電力各社が出資する日本原燃は、六ヶ所村で使用済み核燃料の再処理工場とMOX燃料の加工工場の建設を進めていますが、総事業費は16兆円と膨れ上がり、あまりに危険なため操業延期が続いています。もともと第2再処理工場など無理な話でした。
 加えて、再稼動のため耐震設備や安全対策の経費も電力の経営を圧迫しています。国がどう言おうと「もう持たない!」と電力側が悲鳴を上げたというのが実態でしょう。そし「全燃料がMOX燃料」というのが売り物の大間や東通原発もまた延期発表。核燃サイクルは各所で火をあげズタズタになっています。もう止めるしかありません。
 世界各国が余りに危険で費用が巨額になるため撤退した再処理を日本だけが続けようとした結果です。原発再稼動を強行し続けても展望はなく、早晩、40年の老朽化⇒廃炉のときを迎えます。再生エネルギー発電への転換と言う世界の流れに逆行し、孤児となるだけです。

 ◆天を恐れよ!地震大国・日本にもう原発は無理!

 東海第二再稼動を云々する事態ではありません。東日本大震災の後も16年4月の熊本地震、今年の大阪北部地震、北海道地震とつづいています。丹後地震、鳥取地震と同様今回も分かっていない断層が動いたものです。電力と安倍政権には<天を恐れよ!>と言うしかありません。
 


<各地のたより> 福島・双葉地方原発反対同盟は健在なり!

●福島第1原発が立地する大熊町、同第2が立地する富岡町など8町村で構成される双葉郡。最も事故被害が深刻な地域です。ここにも石川や富山と同様「勤労協」がありますが、40人の会員全員がいわき市などに避難・分散しています。
●会員の多くが双葉地方原発反対同盟に参画しており、同盟は東電への申入れや交渉とともに、被ばく労働者の聞き取り調査や相談活動を行ってきました。原発労働の底辺を担ってきた人々と接する活動であり、本当に頭が下がります。しかし、それは志賀原発とは異なり、被ばく労働に従事する地元住民がそれだけ多く、東電の支配が深く広がっていることも示しています。
●9月6日の北陸中日新聞は《話題の発掘・ニュースの追跡》ページ全面を使って「福島作業員、今も昔も使い捨て。40年前、101人から聞き取り」と羽咋にも講演に来て頂いた石丸小四郎さんらの活動を紹介しました。(右上、写真のみ掲載)ぜひ一読をお勧めします。
●7月25日、いわき市において「双葉地方原発反対同盟結成46周年、同機関誌『脱原発情報』200号記念集会」が開催され、約50人が参加しました。同盟の歴史について代表の石丸小四郎さんが報告され、事故でバラバラにされた組織の再建とたたかいの強化を誓い合いました。その後の懇親会では、それぞれの体験や避難状況、反原発の運動との関わり、今後の運動の在り方など話は尽きることなく、夜の更けるまで語り合ったそうです。(脱原発情報200号より)


<編集後記>

  鶴彬の遺骨,生地に戻るー分骨墓碑建立記念式


胎内の動き知るころ骨がつき 9月14日、かほく市高松の淨専寺で「鶴彬分骨墓碑建立記念式」が行われ、私は同じ団地の西澤さんと共に参列してきました。当日は鶴彬が獄死して80年になります。29才でした。鶴(本名;喜多一二、きた・かつじ)は十代の頃から川柳を始めましたが、陸軍に召集された後、作品が反戦的だとして治安維持法違反で2度逮捕されました。
留置場で赤痢にかかり、病院のベッドに繋がれたまま絶命したといわれます。
●死後は盛岡市に住む兄が遺骨を、同市の真宗寺院の墓に納めました。「鶴彬を顕彰する会」では、鶴の親族が元気な内に地元に墓参の場所を作りたいと分骨の計画を進めてきたものです。墓碑は中国産御影石に「鶴彬墓碑」の文字を刻み、裏面に顕彰する会のメンバーの名も記されています。碑の横には、没後70年の節目に建てられ、最後の作品とされる<胎内の動き知るころ骨がつき>の句を刻んだ歌碑が並んでいます。
枯れ柴よ団結をして春を待つ 式の導師を務めた同寺の平野道雄住職は「反戦の思いを川柳にし続けた鶴彬の墓碑が建ち、今まで以上に『あなたは非暴力や人類平等を本気で望んでいますか』と生きざまを問われる気がする」と語られました。式後、高松インター近くにある歴史公園内の歌碑―標記の句―の前で第20回の讃える会・碑前祭がもたれました。
●また、講演会「ドイツの鶴彬」があり、元北陸大教授・田村光彰さんがナチス支配下の歴史と、収容所内での抵抗も含め日本の私たちの想像を絶する文学者たちの抵抗運動を紹介。抒情詩人として知られる150年前のハイネ(ナチスはその詩集も焚書した)が鶴彬とも通底する、社会批判・風刺の詩人だったと強調されました。なお、平野さん、顕彰する会事務局の小山広助さん、田村さん、どなたも原告団運動以来の熱心な会員・通信読者です。<タナカ記>


<NO.51 2018年7月10日発行>

新潟・長野・岐阜・富山~風船のたび=報告特集

 命のネットワーク事務局では毎月1回土曜日の会議と合わせ、原発事故時の影響を調べるために、エコ風船を団結小屋から飛ばしています。始めたのは14年3月8日。それ以後、昨年10月までに実施したのは、冬期と悪天候時を除き32回を数えます。
 帰ってきたハガキを見ると、それぞれ到達した場所、時間は違いますが、到達範囲の広がりと距離に驚かされています。帰ってきた回数は7回、枚数は11通。下記にその一覧表を掲載しました。見つけた状況や一言を書いてあるものもあり、それも併せて掲載してあります。
 *注)この風船調査は、かつて団結小屋常駐団も86年夏から87年秋に1年3月かけて実施し、約3千個を飛ばしました。帰ってきたハガキは72枚。到達地は富山が一番多く29。地元石川25、長野6、新潟5、茨城3、栃木2、山形・岩手各1の順
でした。北日本新聞の取材に対し北電の地域社会部の答えは「偏西風で東へ行くのは当然。当社は“事故が起きたら”ではなく、事故を起こさないよう努力しており反対住民とは見解が違う」でした。以後30年。事実は北電の回答と全く正反対だったのは言う間でもありません。

<見つけた方のひとこと>

●長野市>遅くなりましたが、4月6日に長野市の富士の塔山近くの850㍍位のところで、風船のハガキを見つけました。発見した所はNさんという方の所有する山の近くで、Nさんの山でたき火をしたり木を伐ってキノコ栽培をしたりしている時に見つけました。
 Nさんは福島県に何度も足を運び、取材して雑誌を発行している方なので、この話をしたところ彼の発行している雑誌も一緒に送ってほしいと言われたので同封します。
●下呂市>前略 去る8月12日早朝、畑にて風船を見つけましたので、ご連絡申し上げます。連絡が遅くなりましたこと、御容赦下さい。日本に住む者として御活動かげながら応援しております。暑い日が続きますので御自愛下さい。 草々
<付記>総会に提出した風船調査一覧表「風船のたび」、30年前の団結小屋常駐団の調査記録「空からの黙示録」。事務局にあります。希望者は御連絡下さい!(右写真:14年3月8日、風船上げを開始)

<返送されてきた11枚のハガキの一覧>

実施した日 個数 見つけた日 見つけた場所 小屋上空の天候
14年3月8日 200 4月6日 長野市富士の塔山付近 南東の強風
  4月12日 20  4月13日 富山県砺波市庄川町庄地内 南東の隠風
 4月15日 同 砺波市太田地内  上同
    4月20日 同 砺波市庄川町三谷谷内地内  上同
  6月14日 100  6月14日 新潟県南魚沼市塩沢地内 北東の穏風
15年3月14日  40  3月15日 新潟県糸魚川市大和川地内 北西の強風
       3月15日 新潟県中魚沼郡南町沖の原地内  上同
 5月10日 新潟県糸魚川市大谷内菅沼地内  上同
16年8月11日  41  8月12日 岐阜県下呂市畑にて 東の微風
  10月10日  50 10月11日 新潟県小千谷市船岡地内 東の微風
17年9月10日  20  9月11日 富山県滑川市加島町地内 西の微風

辺野古新基地ノー!沖縄と連帯し県内10ヵ所で
   
「標的の島・風かたか」上映会開く!
      
抗議船団の若き船長・相馬百合さんが支援訴え

 金沢の森一敏市議のよびかけにより、3月23日から4月1日まで県内10カ所で『標的の島・風(かじ)かたか』上映会が開催されました。「標的の村」「戦場(いくさば)ぬ止(とうどう)み」など沖縄のたたかいと文化を日本人に問いかけてきた三上智恵監督の最新作です。―「風かたか」とは風よけ、防波堤のことです。
 2016年夏、米軍属による女性暴行殺人事件の被害者を追悼する県民大会で稲嶺進  る県民大会で、稲嶺進 名護市長は「我々はまた命を救う“風かたか”になれなかった」と痛恨の声をあげました。題名の由来です。
 羽咋は4月1日、労働会館ホールに約40名が参加して開かれました。辺野古抗議船団の船長を務める相馬由里さんも駆けつけ、市長選後の厳しい状況の中でも明るく、たくましく連帯と支援を訴えられました。本当に「標的の島」とは沖縄のことではありません。私たちが暮らす日本列島のことだと実感しました。連帯の行動を起こしていきましょう!とりあえず、会場カンパ1万5千円お渡ししました。



6.23 原発前を中能登地区50名が非核平和行進

 6月23日、午後2時から志賀原発横の団結小屋前で羽咋郡市、七尾市、中能登町、輪島市など中能登地区の50余名が参加して被爆73周年非核平和行進・中能登地区集会を行ないました。
 集会に先立って富山市の和田広治さんが原発をやめようとギター演奏を行なうとともに、1時間前から命のネットメンバー10数名が準備したエコ風船100個を参加者全員で上げました。
 集会では七尾市の山添市議と森市議が「東海原発の再稼動を巡り、茨城県では30㌔圏の7市全てが立地する東海村と同様の安全協定をかちとった。同意権=拒否権だ。七尾市は羽咋市、中能登町と北電に志賀町並みの安全協定を要求しているが、実現するためにはもっと強い行動が必要だ。議会でさらに追求する」と訴え、羽咋市の浅野俊二市議は「6.23は県民の4分の3が犠牲になった沖縄戦慰霊の日。辺野古新基地建設などこれ以上安倍政権の暴走を許してはならない」訴えました。
 この後、参加者は原発正門、海側ゲートへのデモ行進に移り、「志賀原発は廃炉に!再稼動絶対反対」と力強くシュプレヒコールをぶつけました。



■七尾では170名が参加して「児玉純一さん講演会」

 また4月30日、「のとじょねっと」が主催して下記の講演会が行われました。↓5.1北陸中日





















  再稼動に固執することが2期連続赤字の原因だ!
     98名=10万1900株で5回目の株主提案

 
 6月27日富山市の北電本店で株主総会が開かれました。これに対し脱原発株主の会は9時より、北電本店前での株主へのチラシ配布・街頭アピールを行いました。(20名参加。命のネットは3名参加) 今回は「志賀原発を廃炉に!訴訟原告団」も株主向けのチラシを作製配布し応援。

<10時開会から2時間36分の攻防>

 再稼働一辺倒の北電経営陣に対し、経営責任を問う前半13名と多数の質問・動議が立ちました。中でも、「志賀原発の安全対策費1千億円台の後半(北電の表現)や、発電しない志賀原発に毎年約500億円掛かるなどが、2期にわたる赤字の原因で、結果今年の電気料金値上げに至ったのでは」と言う質問は、説得力を持って受け止められたのではと思いました。また脱原発株主の会でない株主も、無配に対する経営責任追及の質問も複数あり、納得せず追及した1人が、黒服の男に取り囲まれ退場させられるという乱暴な運営でした。
2014年に48名3万3200株で株主議案を提出してから5回目の今年は98名(10万1900株)の共同で「原発事業からの全面撤退」「エネルギーシフト推進本部の設置」「廃炉本部の設置」「再処理からの撤退」「相談役、顧問、参与の廃止」「役員報酬等の個別開示」の6議案を提出しました、質疑応答の中で、石黒副社長の暴言「廃炉はいますぐという予定なし、廃炉はいずれ、300年後500年後という話ではない」は、原子力本部長の立場からも許せないものでした。
 これら6議案は否決されましたが、毎年出し続けることに大きな意義があると思います、原発を持つ9電力全てに「株主議案」が提出されている今、「株主の権利の乱用を防ぐ」という理由で、法律を変え、株主提案のハードルを上げるなどの動きがあります、注視が必要です。

【いっしょにやりませんか】

 総会が終わった後すぐ、投票された「議決権行使書」を閲覧し、書き写しの作業があります、人手が不足しています、スタッフや株主を募集しております、志賀原発を廃炉にするためにできることはたくさんあります、一緒にやりませんか。
●林秀樹・北陸電力と共に脱原発をすすめる株主の会☎076-241-9068●

▼京都市長も脱原発提案をしているのに―金沢市議会でも追及-同会では、株主総会に先立ち、209万余の北電株を有する金沢市に対し森、山本、熊野金沢市議も同席し脱原発議案に賛同するよう要請しました。しかし、市は北電に同調しおまけに欠席。6月29日の市議会では熊野市議が京都市長は関電総会に出席して脱原発提案をしているのに!と山野市長の姿勢を厳しく追及しました。【編集部付記】



<「水」を忘れていませんか!>

水力発電 192.1万kw 131ヵ所
火力発電 440.0万kw  6ヵ所
原  発 174.6万kw  1カ所
再生エネ  0.8万kw 6ヵ所
小計 807.5万kw
他社受電 117.6万kw  
 総計 925.1万kw



【各地の便り】で、酒井緑さんが「なんか、本当におかしな日本ですね…」と慨嘆していますが、私はエネルギー問題で同じ思いを痛感させられます。
 日本には昔から世界に誇る再生エネルギーがあります。いうまでもなく水力です。北電の電源構成を見て下さい。再生エネルギーは0.8万kwにすぎませんが、水力発電は192万kwで原発を大きく上回っています。3.11後は原発に代わってベース電源の役割をしっかり果たしてきました。北電自身も昨年値上げするまでは「安価な水力のお蔭で9電力の中では低額の電力料金でやってこれた」と述べています。さらに17年3月には、もう巨大ダムの時代ではなく中小水力に注力して水力発電を倍増すると発表しています。水力を主体にした再生エネ中心の電力会社として立派にやっていける筈なのです。
 それがなぜ突然値上げになったのか?原発再稼動に固執して2000億円とも予想される安全対策の工事費用、原子力規制委員会から求められる直下断層のトンネル掘削、ボーリング等の調査費用、7年以上も電気をつくらなかった1,2号機の維持費用などの返済に迫られているからです。もう北電は廃炉を決断するしかないのです。(下図:18年5月13日付北陸中日新聞より)

ここで水力発電の優位性を改めて指摘しておきます。
①日本の風土に合った最も優良廉価な再生エネルギーであり、長い実績を持っていること。30年以上前から北電自身がPR誌で「完全無人化」(人件費ゼロ)を誇っています。
②さらに他の電源に比べ、非常に短い時間=5分程度で起動できる利点があること。従って受給変化に素早く対応でき、1日24時間の変化にも対応できます。火力の比ではありません。
③環境破壊のマイナスも多いダムとの関連では、早くから「ダム中止」を訴えていた国土交通省河川局長だった竹村幸太郎さんが中小水力の活用を訴えています。この点に限れば、北電も同じ方針を発表しているのです。
④また再生エネルギー発電がこれ以上増えるのを阻止するため、送電線の空きがあるのに原発再稼動を当て込んで満杯だと嫌がらせをしていることも分かってきました。実はダムは活用されていません。大半のダムは保水能力の半分程度に抑えられています。保水能力分を溜めれば、発電力は倍増します。むろん、増水が予想されるときは早めに放流するのです。


 3.11から7年が経ちましたが、原発安全神話は原発に反対する私たちの中にも、未だなお強く生き延びています。下図(*注―水力は再生エネに含まれる)を見ればわかるように、このままいけば日本は世界の流れから大きく取り残されてしまいます。志賀原発を廃炉にするためにも、日本の素晴らしい風土に目をしっかりと目をむけましょう。 <タナカ記>

<各地のたより>
(金沢市・酒井 緑さん)先日の裁判=3月26日、志賀1・2号機差止め訴訟第26回公判=はひどかったです。裁判長ってこんなものなんですかネ・・・私でもやれるぞ!と腹が立ちました。「規制委員会の判断を待ってから判決に臨むのが妥当」と裁判長はちょっと下向き加減で言ったのです。顔を上げれませんよね。「民事裁判としての意見」として判決を出すのが仕事のハズではないのか?!呆れるやら、情けないやら…でした。なんか、本当におかしな日本ですネ―。
 志賀に原発が来る!…と赤住や西海漁協の人々と共に村の1軒1軒へビラを入れるのを手伝ったり、更地の建設予定地から日本海を見渡したり、崖を下りて海へ入って海の虫に刺されたり…。なんとしても昔のような海へ山野へ戻しましょう。
 70才を過ぎると足も腰も敏速に動かなくなってきていますが、やれることをゆっくりですがやって行く心算でいます。一昨年車を手放してから志賀へ向かうことがなくなりましたが、6月の平和行進にはぜひ行きたいと思っています。4.11記。
(金沢市・石川泰子さん)太陽、風、火山、大雨、雷etc・・巨大な自然のエネルギーを利用することは出来ないのでしょうか。1日でも早い廃炉を願っています。
(芦屋市・大田美智子さん)前号の写真特集「34年前の志賀現地」~『能登原発』ーなつかしい響き。なつかしい橋さんとむしろ旗の写真、ありがとうございました。主人が描いた88年夏の現地の油絵、1人になっても捨てられずにいます。
(町田市・篠田修一さん)命のネット通信№50を拝読しました。34年前の志賀現地-「樋口健二さん写真展」の記事を見て、その当時、私も志賀町を歩いたことを想い出し、久しぶりに樋口健二写真集『原発』を開いて見ました。故人になられた久米三四郎さん、高木仁三郎さん、丸木俊さんらの文章を再読すると悲しさと怒りが甦ってきました。
 現地の皆様に苦労をかけていることを申し訳なく思う次第です。80才を超え人生の終わりに近づいていますが、何とか生きている時に廃炉が実現されることを願う次第です。ヒマ老人とはいえ怒りは失っていません。
(泉南生協・笠原さん)通信48号「ピースサイクル・ラストラン特集」に「末田一秀さん」の写真を見つけました。昔、核燃料輸送監視ネットワークの活動をいっしょにやった仲間です。大阪の熊取町で製造された核燃料(*加圧水型原発用)がどんな経路で運ばれるのかを夜中に追跡していました。元気そうで何よりです。
・―――――――――――――――――――――――――――・
<編集後記> ●神戸市東灘区の道淵悦子さんから歌集『空のようなもの』が贈られてきました。2005年発行の『潮汐』につづく第2歌集です。
「いつの世も玉石混淆ただ玉になりたくはない石だってある」「屈服にあらずよ雷を受けとめる熱情ありて裂けし杉の木」「群れとして生きゆくもよし羊雲はぐれたひとつは羊にあらず」「芝居だと言えば解りよきものを“劇場型”と詐欺を名づけて」「送電線は山駆け上がり消えたれば遠く若狭につながっている」など04年から17年までの作品を集めています。発行所は梧葉出版☎03-5215-1336。


<NO.50 2018年3月20日発行>

30余名が参加し-羽咋、志賀、かほく、七鹿、珠洲、輪島、富山
 命のネット第18回定期総会を開催!

 3.11フクシマ7周年をひかえた2月24日、命のネットワークは羽咋・志賀・かほく・七鹿・珠洲・輪島・富山など各地から30余名が参加し羽咋労働会館2階ホールで第18回定期総会を開催しました。
 経過報告では、①7月に羽咋市、七尾市、中能登町、志賀町に対し「志賀原発の廃炉を北電に求めるよう」要請行動を行なった(延べ50人出席参加)、②3~10月に風船上げ行動を実施したことなどが報告され、併せて17年度決算報告も承認されました(P6参照)。              
 方針では①10月に旧会員へのヨウ素剤を更新配布(434人分)、②空間線量計の更新を進める、③自治体要請行動を実施する、④再稼動阻止ネットに結集し全国の―とくに大飯、高浜、東海原発の再稼動に反対する行動に連帯する、⑤風船上げ月例行動を継続して実施する、⑥看板の新規設置に努力することなどを決めました。役員については、盛田正代表以下全員の継続が決まりました。
 2018年も脱原発・志賀原発廃炉にむけ全力を上げます。

◆34年前の志賀現地―「樋口健二さん写真展」も同時開催!


 総会終了後、引続いて1階展示室で「樋口健二さん写真展」も同時開催されました。まず、訂正とお詫びをしておかねばなりません。
 通信前号と案内ハガキでは写真展テーマを「30年前の志賀現地」としましたが、左の展示写真を見ればすぐお分かりのように、小屋はプレハブ作りで、大看板も小屋の前面に立てられています。
 現在の団結小屋は潮風でボロボロになったプレハブ小屋を撤去し85年に木造瓦葺きに改築。大看板も壁面にとりつけられました。樋口さんが撮影されたのは小屋改築以前の84年夏でした。88年の11月大集合当時の写真(参加者撮影)も10数枚展示したので、混同してしまいました。先の決算報告の誤りに続く不注意と誤りで、誠に申し訳ない次第です。「34年前の志賀現地」と訂正し、お詫びいたします。

◆毎土日、団結小屋に泊り込み現地行動! 


 樋口さんが撮影に訪れた84年夏当時は、県が西海漁協を屈服させ同年3月から肩代わり海洋調査を強行し、私たちは団結小屋に泊り込み調査への監視活動と日常的な地元対策・宣伝活動を行なっていたときです。(展示モノクロ写真16枚)
-団結小屋の夜-*         
 *ランプの灯のもとで語り合う。土日、祝日の泊り込みは約5年間
  (83~88年)続き、参加者はのべ5百人を超えた。


◆ 準備工事と本格着工に対抗して!


 また、88年当時は炉心設置許可が出る以前から北電が準備工事を開始しており(敷地造成、港湾施設建設など)、私たちは6月大集合で半日にわたり4百名が富山本社包囲・座込み、11月大集合では7百名が泊りがけで2日間の現地行動。だが年末12月1日には本格着工へ。本当に激動の年でした。(展示カラー写真14枚)

◆美しい郷土と子どもたちの未来を守ろう! 


 参加者は総会終了後、写真に見入りながらそれぞれ当時を振り返り、語り合っていました。故・橋菊太郎さんの一途な姿を改めて拝見し、懐かしさと無念の思いを禁じえません。また、3.11後に参加された方々には、「美しい郷土と子どもたちの未来を守ろう」という団結小屋や赤住現地の生々しい息吹きの一端を感じ取っていただけたのではないでしょうか。




 ●志賀町のとこやさん
  宮武 繁さんの逝去を悼む

  昨年末から入院されていた志賀町高浜の宮武 繁さんが1月15日、逝去されました。享年67才でした。
宮武さんは志賀町の中心街、高浜バスターミナルの側で「とこやさん」を営業してこられました。お店の棚には放射線測定器「たんぽぽ」が置かれ、お客さんには放射線量がすぐ分かるようになっていました。立地町のど真ん中で堂々と北電監視の姿を毎日示してこられたのです。
 珠洲が原発立地を断念させたのに、志賀原発は、なぜ立地を許してしまったのか?珠洲は蛸島漁協と真宗大谷派寺院が頑張っただけでなく、やはり市民が全地区で立ち上がったことが断念に追い込んだ最大の力です。
 一方、志賀は「海の西海、土地の赤住」と言われたように、西海漁協と赤住の地権者が運動の大半を担っていました。町民全体の運動にはならなかったのです。真宗大谷派も北吉田と米浜の2つの寺にとどまりました。

 ◆40人の町長交渉⇒全町署名⇒自主避難訓練


 しかし、諦めるわけにはいきません。そこで知恵を絞って考え付いたのが「原子力防災の全面見直しを求める」運動です。町民が黙ってしまうのが一番危険でした。91年5月、核燃料の初搬入がささやかれる中で、ようやく町民の不安も高まり、40人を超える父母が町長交渉に立ち上がったのです。中心になったのは宮武さんご夫婦と友人たちです。店には自分で購入した放射線測定器「たんぽぽ」が置かれました。
 9月には、「志賀町父母の会」による原子力防災見直しを求める全町署名が始まります。宮武さん宅の車庫を拠点にして毎晩、百前後の志賀町各地区へ署名に入ったことを思い出します。しかし、町議会は4200人の署名と請願を否決しました。試運転が迫ってきます。次に宮武さんたちが考えたのは全国でも初の町民自身による「自主避難訓練」でした。
 上の写真のとおり92年10月、志賀町民100家族2百人が自家用車とバスで羽咋市役所体育館まで避難するという行動です。測定班、志賀センターの配置などが行われました。防災計画見直し求めてきた私たちも全力でとりくみ協力しました。これを機に、94年-4百人が金沢へ、96年-6百人が県境を越え氷見市へ避難する自主避難訓練が実施されたのです。

 ◆測定班の大切な1人―“地の塩”として生きる


 その後も命のネットの大事な活動の一つ=測定班の活動に加わってくれました。仕事がら月曜が休みで土日は動けないため、顔を知らない人も多かったのではないでしょうか。毎日テレビの気象予報士・森朗さんそっくりの若々しい顔と声。それだけに余りに早い逝去は当初信じられず口惜しい限りです。志賀原発と言えば、橋菊太郎さん(赤住)川辺 茂さん(西海漁協)と言われますが、原子力防災をハドメにと頑張ってきた私たちにとり忘れられない人です。“地の塩”ともいうべき御生涯を偲び、心からご冥福を祈念いたします。 合掌       (タナカ記)


 北電ウオッチング-その④


 納入された設備と機器のリスクも加わった!

 活断層が炉心部直下や施設内外に走っていること、臨界事故隠しに象徴される隠ぺい体質、初歩的ミスを重ねてきた運転・管理能力(そのおかげで3.11当日、1号機・2号機とも止まっていたのですが)。これに加え、新たなリスクがまた増えました。
 そもそも北電が原発を作ったわけではありません。ゼネコンと多くの企業が納入した設備と機器で原発はできています。今回は2号機の問題ですが、1号機も大谷製鉄のJIS違反鉄筋を基礎部分に使っているのに、強引に建設を強行しました。
 これだけリスクを重ねても、原発は大切と言うのでしょうか?一刻も早く廃炉を決断すべきです。

★株価が示す⇒
原発に未来なし!


 日銀・黒田バブルの結果、国民生活と実体経済とは逆に異常な株高が続いています。しかし、電力株では株本来の動きが冷厳に示されています。
 北電の株価はこの20年間に2100円⇒1800円⇒1500円⇒1000円、現在は850円前後と長期継続して低落し続けています。
 「原発に未来なし!」-左記事の電力需給の問題も、もちろん大きく反映しています。
重ねて言います。北電は一刻も早く決断せよ、と。


 <17年度統一測定データの報告>

   17年4月  7月  10月  18年1月
 宝達志水町 3   3  3
 志賀町高浜  2  2  2  2
 中能登町金丸  4  4  4  3
 中能登町良川  3  2  2  2
 七尾市大津  2  2  2  2
 七尾市中島  2  2  2  2

★PDM(積算線量計)測定結果

 統一測定日の二日前にスイッチオン。48時間の積算放射線量を表示する。
 表示単位はマイクロシーベルト。




<7年目の3/11の朝に思う>

「隠れ病む人々と生きる。小浜・妙通寺 中嶌哲演」

 編集後記を記している今日は、7年目の3月11日。早朝5~6時、NHKの「心の時代」で冒頭の放映を見た。かつて中嶌さんが托鉢の傍ら手渡していた個人紙『鈴声』に掲載された短歌「死ぬる気で出征したる故郷に隠れ病む身となりて帰りぬ」から付けられた番組名である。
●中嶌さんは小浜に住むヒロシマ・ナガサキの被爆者をさがす中で、召集され広島の師団に配属されている時に被爆した方と語り合い、この歌を知ったという。戦死は免れたが、いまはヒバクシャと知られることにおびえながら暮らしているというのである。米軍は膨大な調査を行ったが救済や治療のためではない。核兵器の効果を知るのと核戦争時の対応のためである。日本政府と医療関係者はそれに唯々諾々と従ったことは今明らかとなっている。
●ヒロシマ、ナガサキは繰り返された 61年後の「3.11」でも全く同じことが繰り返された。甲状腺がんが191人も確認されても政府と医療専門家は「原発事故とは関係ない」とのたまう。調査対象者38万人に及ぶ幼児・青少年とその家族は「隠れ病む」ことを余儀なくされている。前号の後記で紹介した俳句「フクシマよ埋めても埋めても葱匂う」を改めて思わざるをえない。
●今も7万人をこえる避難者、そして2万人の「英雄」も 今なお避難生活を強いられている7万人を越す人々も隠れ病むことを強いられている。前日の放送では、事故後の被ばく労働に従事した「2万人の英雄」の実状が放映された。2万人のうち大半の人が「国、電力には期待できない」と医療調査すら受けていないと言う。これが原子力ムラの悲惨な実状である。なかったことにさせてはならない。記憶のたたかいを避けてはならない。 <タナカ記>


<18年度会費納入のお願い>

 2月24日、第18回定期総会が開催され、17年度決算報告も承認されました。みなさまのご協力により、高浜や大飯原発再稼動反対行動への旅費、ヨウ素剤など多くの出費がありましたが、それに対応する会費納入やカンパがあって17年度も黒字で乗り切ることができました。心から感謝いたします。
 昨年の運動を引き継ぎ、命のネットワークの運動をさらに広げ、志賀原発の再稼働阻止・脱原発社会実現へ活動をすすめることが必要です。このためにも18年度会費の早期納入を新加入者の方をふくめ、ぜひともよろしくお願いいたします。
         記

◆すでに納入頂いた方には、郵便振込用紙を入れておりません。
◆会費は原子力立地給付金の出ている地域を除き、年2,000円です。
◆労金の自動振り込み払いの方を除き、下記のいずれかへ振り込み下さい。
 ◎郵便振込口座 00790-6-19989  命のネットワーク
 ◎北陸労働金庫羽咋支店 普通預金口座 2917732 命のネットワーク
◆行き違いになりましたらお許し下さい


<NO.49 2017年12月20日発行>

 核のゴミふやすな、運ぶな、押しつけるな!
  喉もと過ぎれば?早くも復活!原子力ムラ


 原発の高レベル放射性廃棄物の最終処分地候補地絞り込みと称して、経産省とNUMO(原子力発電環境整備機構)が住民向けに開いた意見交換会で、広報業務を委託された会社が学生に日当や謝礼、サークル活動への便宜供与を持ちかけ、会への動員を行なっていたことが11月14日、発覚。NUMOは同日、慌てて記者会見しました。

◆やっぱりお手盛りで「最終処分候補地」説明会

 政府は今年7月、高レベル廃棄物(核のゴミ)処分地となりうる地域を日本地図上で示した「科学的特性?マップ」を発表。自治体や住民への説明をすすめています。もちろん調査に応じた自治体はなく、住民の反対も強くて難航しています。その中で事態は発覚しました。
これまで原発建設をめぐる第1次、第2次ヒアリング、事故や不祥事に関わる多くの説明会で、電力会社は関連業者を動員するお手盛り説明会を重ねました。原子力政策をめぐる意見公募でも社員や業者にお手盛りの意見提出を指示してきたのは周知のとおりです。
今回発覚したのは、埼玉、東京、愛知、大阪、兵庫での学生39人への働きかけですが、「3.11フクシマ」の後でも国の原子力政策にたかる多くの関連業界の存在と原子力ムラの体質は極めて強固であることが明らかになっています。むろん費用はすべて税金と電気料金です。

◆背景に溜まり続ける核のゴミと青森再処理工場の破綻

 実は「3.11」以前から多くの原発で核のゴミは溜まり続けており、早晩、原発の稼働ができない事態が来るからです。核燃料サイクルの核心=青森の再処理工場も政府は先日、完成を3年先に延長と発表しました。着手以来、何と24年になります。事故続きで本格稼働できず、核のゴミを運び込めないからです。
原発1年分の放射能を1日で出す!再処理工場。これを含め核燃料サイクル事業をこのまま続ければ、20兆円以上の巨費が無駄に浪費されることも確実になっています。青森県は政府に対し、「核のゴミ引き受けはあくまで再処理工場運転のためであって、永久受入れではなかったはず。早く最終処分地を決め、約束を守れ」と求めています。そのため政府は核のゴミ最終処分地決定に努力しているポーズを示すというのが候補地探しの背景にあります。
◆核のゴミは動かすな!直接処分し発生者責任で管理せよ!

 最終処分地に反対するだけでは、こうした事態を止めることはできません。原因はすべて、原発が「トイレなきマンション」であるからです。核のゴミは他の場所に、そして時間的には何万年も子々孫々に押しつけようとしているからです。原発立地市町は青森に、青森はどこか最終処分候補地に、いうわけです。一時はモンゴルに、という話もありました。
 最悪の本音を語ったのは、志賀原発建設以前(83年1月)に志賀町を訪れ講演した高木・敦賀市長です。-「そのかわり、百年たってカタワが生まれてくるやら、50年後に生まれた子どもが全部カタワになるやら、それは分かりませんよ。分かりませんけど、今の段階ではおやりになった方がよい。いつまでも心配する時代ではない」(会場―笑)――そして28年後、福島は公認されただけでも甲状腺がん191人、事故関連死2千人以上、周辺8町村は大半がもう自治体として成り立たず、広域合併が必至となっています。

◆再処理は最悪の選択!まず青森への押しつけ止めよ!

 「核のゴミは動かすな。発生者責任で直接処分し永久管理すること」です。
核のゴミは、まず青森県民への押し付けを止めさせることが先決です。高レベル廃棄物の再処理⇒核燃料サイクルは最悪の選択です。英国の再処理工場周辺40㌔が放射能汚染で立入り禁止になっているように、危険性は原発の数百倍にもなるからです。それだけに、まず青森への押しつけをやめることが第一です。さらに英仏からは原爆数百発に当たるプルトニウムを含んだ高レベル廃棄物も返還されてくるのです。
また、最終処分地の設定は、たとえ再処理を止めて直接処分に変えたとしても、ツケを押しつける所を増やすことに変わりはありません。おまけに地中処分ですから、地震国日本で正気の沙汰とは思えません。ここでも阪神淡路大震災、中越沖地震、東日本大震災の教訓は無視です。本当の狙いは住民・国民の目の届かない所に隠しておきたいからです。全国どこでも反対されるのは当然です。ツケは何よりも発生責任者=各電力と国がとるべきです。


 18年は脱原発
 ワンちゃんの年に


      みな様もよいお年を!




  大飯原発動かすな!
    熱気あふれる12.3現地集会


 12月3日、関西電力大飯原発のある大飯町で「大飯原発動かすな!現地全国集会」が開催され、私たち「命のネットワーク」も車に相乗りするなどしてこれに参加した。羽咋からの3名以外にも石川、富山からの参加者も何人か見かける。
 願ってもない青空の下、関西方面を中心に全国から駆けつけた500名に及ぶ参加者で、会場の総合町民センター大ホールは熱気に包まれた。折から神戸製鋼がデータを改ざんした部材が大飯原発にも使用されていることから、再稼働予定の延期が報じられたばかり。
 参加者からは、「関電は電気が売れずに困っている。もう廃炉にするしかない」「避難計画をあいまいにしたままでの再稼働強行は許せない!」「関電や政府を震え上がらせるような行動を!」と力強い発言やアピールが続いた。最後に「あらゆる手段を駆使して、粘り強く原発全廃を勝ち取ろう!」という集会決議を採択して町内のデモ行進に移った。  
(写真右⇒石川、富山の参加者たち)

 ◆大飯町民の対応も大きく変わった

 暖かな午後の日差しを浴びながら、シュプレヒコールを唱和する。古びた趣のある家並みを通ると、玄関先に出てきて子供たちと一緒に手を振る人、路地の奥からわざわざデモの列に近づいてきて、何度もうなづいているおばあさんもいた。
現地の人々の反対運動への対し方がこの数年で大きく変わってきていることを実感する。これからも大飯・高浜の再稼働に反対する人々との連帯と連携をさらに深めていきたいと、暮れていく帰りの景色に見とれながら思った。(富山・藤岡彰弘)

●若狭湾の東西8市町、滋賀県各地からも多数参加!

 本集会を主催したのは、関西の若狭の原発を考える会、サヨナラ原発福井ネット、原発反対福井県民会議などです。京都府宮津市・舞鶴市、福井県高浜町、大飯町、小浜市、若狭町、美浜町敦賀市など若狭湾東西の8市町と琵琶湖を取り巻く滋賀県各地から参加していたことが注目されます。再々稼動をひかえ「わが町も地元!」という運動は広がっています。
 首都圏をはじめ命のネットワーク、若狭の原発を考える会なども加盟する再稼動阻止全国ネットワークは、全国各地から前泊して「全国相談会」に参加。九電、四電、関電の再稼動を許さないとりくみを話し合い、3日午後からの集会に臨みました。<編集部附記>



     追い詰められた北電
  もう廃炉を決断するしかない!

1.突然の電気料金値上げ発表
 

 10月30日、北陸電力は突然、来年4月からの電気料金の値上げを検討すると発表した。対象となるのは大工場やオール電化の家庭など全体の2割に及ぶ。こんな大巾な値上げは1980年の第2次石油ショック以来38年ぶり。北電の説明では、営業利益が3年連続で減り、純利益も2年連続で減少しており、18年3月期の業績見通しを30億円の赤字と予想したからだという。最終赤字はこれで2年連続で、株主への配当も年間無配とした。いったい北電に何が起きているのか。
北電は、この夏に大型火力発電所2基(七尾大田火力2号機70万KW 敦賀火力2号機70万KW―いずれも北電の最大石炭火力発電所)を定期点検で停止させた。そのため石油燃料費が増加したこと、石炭火力の修繕費がかさんだことを減益の要因として説明している。しかしこの説明は、以下のようにまったく了解できるものではない。

2.原発の「安全対策」工事や断層調査費用はどうなった?

 北電の説明から全く抜け落ちているのが志賀原発に関する費用だ。1500億円とも2000億円ともいわれる津波等への「安全対策」工事の費用、原子力規制委員会から求められている建屋直下の断層(いまだに北電はこれをシームとよんでいる)に関わるトンネル掘削や多数のボーリング等の調査費用、さらにはこの6年半1ワットも生み出さないままの「最新最大最高」の電源施設の維持管理費用、宣伝費用等々、その総計はいったいどれほどの金額に達しているのか?この間一度もその説明はない。
 北電は毎月のように100億円、150億円と社債を発行して、志賀原発の費用に充てているようだが、これらは借金であり、償還すべき時が今後つぎつぎと迫ってくることはいうまでもない。実際、料金値上げを発表したその翌々日、100億円の機関投資家向け15年社債の発行が報じられている。料金値上げのさい、これらの社債をどう返済していくのか、まずその説明があってしかるべきだろう。それもせず、値上げした料金で黙って借金の穴埋めをしようとすることは絶対に許されない。

3,大型火力2基停止してなお余る電力

 次に北電の説明で、全く理屈に合わないのが、2基の大型火力をわざわざ同時に定期点検したことだ。北電等各電力会社は、複数の火力発電所が何らかのトラブルで停止すると電力供給に重大な事態を及ぼすことになる、だからなるべく早く原発を動かさなければならないと、言い続けてきた。
 ところが、北電はこの3月12日から敦賀2号機を、そしてその2週間後の4月1日から七尾大田2号機を相次いで定期検査入りさせた。終了予定は両方とも7月9日、もし点検で不都合が見つかれば最大電力需要期に70万KWの電力が活かせないことになる。案の定、七尾大田の方でボイラー管に損傷が見つかり補修工事に、敦賀2号もボイラーの追加点検に入った。結局、敦賀2号は7月12日に運転再開したが、両機がようやく揃ったのは7月26日だった。この夏北電が記録した最大電力供給日は7月21日。七尾大田2号機は完全停止中、にもかかわらず供給予備率は14.7%もあったという。
 一体どれだけ電気は余っているのか?!北電担当者の弁はこうだ。「志賀原発が止まっている中、火力発電所などでトラブルが起きれば逼迫した需給状況になる。設備の保守点検の確実な実施などに努めたい」(9.23日北陸中日新聞)これにはもう唖然とするばかりだ。
 こうなると、赤字の理由をこしらえるために、わざと大型火力の補修に持ち込んだのではないかと勘繰りたくなる。北電は、原発はもちろん、地球温暖化に「貢献」する石炭火力への依存ももうやめるべきだ。この夏に起こった(というより意図的に起こした)大型石炭火電2基停止という事態からすればそれが当然ではないか。

4,廃炉が遅れれば,破綻は大きくなるばかり

 要するに北電の現状は、売り先のない電気がダブついたまま、原発関連の借金だけが増えていく、その事態になんら有効な手を打てずとうとう料金値上げに踏み込んでしまったのである。とすれば、なるべく早期に原発の廃炉を決断するしかないではないか。廃炉を先延ばしにしても原発関連の負債はふくらんでいくばかりで、やがては東芝のように破綻をきたすのは目に見えている。
 そして破たんした時、結局そのツケは住民に回されていくことになるのではないか。私たちはそのことを懸念している。すでに東京電力の、経営的に破たんしながらなお原発に固執し住民への補償と賠償をきちんと果たそうとしない醜悪な姿を、いやというほど目にしているからだ。
 志賀原発廃炉をためらい続ける北電に対し、即時廃炉を求める周辺自治体からの声をますます強めていかなければと思う。原発破綻の共倒れは御免だ! (富山市・藤岡彰弘)




 第18回命のネット総会にご参加ください!
  樋口健二さん写真展「志賀現地に生きる人々」も同時開催



     ◎と き 18年2月24日(土)13時~
     ◎ところ 羽咋労働会館2階ホール&1階展示室(写真展)


 前回総会で新体制が発足し、新年を迎えます。この1年間、志賀町・羽咋市・七尾市・中能登町への志賀原発廃炉の申入れ、そして関電の高浜、大飯などの再稼動に反対する現地行動にも参加してきました。18年度の行動に備えるため,ぜひ会員のみなさんのご参加をお願い致します。(写真は樋口さん⇒)

★展示写真は、樋口さんが志賀原発の予定地と団結小屋に集う人々をぜひ撮影したいと現地を訪れた時のもの。当時、海岸線はまだ以前のままでしたが、設置許可も出ていないのに準備工事が強行され、私たちは団結小屋に土日泊り込みで監視・抗議していました。

【樋口健二さんの略歴】1937年3月、長野県生まれ。東京総合写真専門学校卒。同行の助手を経てフリーカメラマンに。60年代より公害、労働災害、環境汚染等の問題を追う。87年、ニューヨークでの第1回核被害者世界大会で日本の原発被曝の実態を報告。よりまた同年より世界核写真家ギルド展に「原発」を出展し、欧州各地でも写真展が開催される。
 95年、英国の公共TV局チャンネル4のリポーターとして「隠された被ばく労働~日本の原発労働者」を取材。2013年、NHK取材により「樋口健二~原発・被ばく労働者を撮影し続けてきたフォトジャーナリスト」として全国放送される。




■各地のたより 

◆安倍が総理であることこそ「国難」!

 私はそれなりの加齢と付き合いながら、昔のことを思うとあまり元気でありません。でもまあ活動の範囲を狭めながらも、そこそこやっております。ところで、今回の選挙でNHKの調査によると、安倍首相は「北朝鮮」という言葉を、演説の中では一番多く使ったそうですが、私は彼が総理であることこそ彼の言う「国難」だと思います。(「国難」なんて、何と彼が生まれてもいない戦時中の言葉)
 もともと小国の「北朝鮮」が核やミサイル開発に走った原因は、超大国アメリカの核の脅しにさらされ続けたことにあり、このところの緊張の主軸は「米・朝」にあるのであって、日本がいたずらに北朝鮮の脅威をあおるべきではありません。外敵をつくって国論の総動員、憲法の改悪、軍備増強の狙いがみえみえです。

 ◆安倍はトランプとの仲良しぶりを示して北朝鮮への“制裁強化同盟”を図るのではなく、朝鮮戦争の後片付けとして平和協定締結のため交渉のテーブルに着くよう、トランプに提言すべきだと私は思います。しかし、残念ながらこの国の世論は「北朝鮮脅威論」に席巻されているように思われてなりません。特に若者の、その傾向はとても心配です。
 ところで私たちは「明治150年」を先取りして、近・現代史学習会を参加者相互の報告で月1回・3年ほど続けてきたのですが、その中に在日朝鮮人の方も加わって意見を下さっています。私はこの国の近・現代史を考える場合、朝鮮半島を抜きには考えられないということに気づきました。この度、その学習会の中での報告を参加者の一人が、山口市内で発行している『反戦情報』誌に紹介し、同誌編集部が9月号と10月号で取り上げました。それをコピーしたものをお送りする次第です。ご参考になさって下さい。(興味ある方は編集部まで)

 ◆上関原発計画は3.11で埋め立て準備工事が止まったまま、今のところ再開はありません。計画浮上以来35年経ちました。息の根が止まっているわけではありませんが、今回のエネルギー基本計画で国が「原発の新増設」をどう位置付けるか、その辺がカギかなと思っています。それでは皆様、どうぞお元気で。ご活躍を祈ります。
(下関市・沢村和世)  ⇒右写真は05年6月、海底土ボーリング調査する台船を取り囲み阻止する祝島漁船団。
・―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――・
●沖縄では号外が出た墜落事故。オスプレイにつづく事故です。そして、下の11.26朝日新聞の天声人語。辺野古の暴挙は今も連日続いています。マスコミ報道の無視・変更は驚くばかりです。注視と支援を!

















 視点・論点 北朝鮮の「挑発」?まず基本の事実を知って!

 先の総選挙結果は、憲法違反の疑いが強い首相の恣意的専権的な解散権行使と野党の分散から、投票を待つまでもなく予想できた。しかし、「北朝鮮の脅威」論が多くの国民に浸透していることも大きく影響していた。本当に戦争になれば、米ソ冷戦下で行われた「朝鮮戦争」のようには済まない。韓国だけでなく、沖縄、日本の大被害は必至である。その覚悟は勿論ないから、麻生副総理の「北朝鮮のおかげ」などという不謹慎極まる本音が漏れるのである。

 ◆核と弾道ミサイル保持は北朝鮮の根幹方針

 同時に、必ず「北朝鮮の挑発」という枕詞の付くメディアの報道が大きな問題である。歴史的事実と今の現実を全く伝えず、「脅威」を煽っているだけだからである。
 第一に、これだけ米朝対立が続くのは朝鮮戦争がまだ終わっていず、あくまで「休戦」のままだからである。本当に平和解決を望むなら、「平和協定の締結」が必要である。そのための真剣な努力をせず、脅威を煽り続けるなら、いつ暴発するか分からない危険な現実が米朝双方にある。日米同盟と安保法制下の日本は攻撃対象なのである。
 第二に、核と弾道ミサイル開発は北朝鮮の国家の根幹方針である。一時の挑発などではない。ソ連圏崩壊後の4半世紀間、唯一の超大国になったアメリカはロシア周辺までNATOを拡大し、コソボ紛争では中国大使館まで爆撃した。恭順を誓ったリビアのカダフィ、イラクのフセインもあっさり殺されてしまった。北朝鮮が同じ運命にならなかったのは、ソウルや沖縄、東京を廃墟にできる大量破壊兵器を持っているからである。<左図は11.30北陸中日>
 本来、米国が重ねて明らかにしたように核と弾道ミサイルの保有は、その線を超えれば戦争も辞さないという「レッドライン」のはずだった。しかし、北朝鮮の対応は「もし戦争を望むなら戦争をしろ」というものであり、核実験とミサイル試験発射と戦争への対応準備は、常に同時に行われてきた。昨年5月4日には、労働新聞は≪朝中親善がいくら大事だとしても、核と交換し合うまで物乞いをする私たちではない。・・中国は私たちの忍耐心の限界を試そうとしてはならない。≫と異例の中国批判まで行っている。

 ◆「つぶやき」は騒がしいが、混沌・分裂を深めるアメリカ

昨年からの相次ぐ核・ミサイル試験は、パキスタンやイランのような初歩的レベルではなく、規模は小さいが量産され、米国と同盟国を攻撃する力があることを示している。GDPが石川県などと同程度の国なのに驚きだが、その気になれば核保有はできるのであり、北朝鮮の覚悟は本物である。「挑発」などという事態でないことを直視すべきである。
 北朝鮮の対応は明確である。戦争には戦争で対処し、交渉には「核保有国の地位で平和協定締結」交渉に臨む―労働党7回大会以降、一貫した立場である。トランプのつぶやきは騒がしいが、韓国と日本への兵器おしつけ商売と中国への「お前が何とかしろ」という丸投げだった。しかし、中国については5.4北朝鮮「労働新聞」で見たとおりである。
 この間、米国はイラク、アフガン、リビアなど弱小国に対し「劇場型の戦争」を仕掛けてきた。北朝鮮相手ではそうはいかず、核戦争に備える準備も覚悟もできていない。すでに米国の対朝鮮専門家は「北朝鮮の非核化」でなく「核保有を前提にした平和協定」を考え始めている。NYタイムス、クラッパー前国家情報局長、ガルーチ特使、とくにペリー元国防長官などである。

 ◆日本自身の主体的な外交努力を!

 今こそ日本自身の主体的外交が必要である。1970年に発効したNPT(核拡散防止条約)は今も世界的な核兵器管理の枠組みである。核を保有する米、英、仏、ソ、中国は核軍縮に誠実にとりくむこと、それ以外の国は核兵器を持たないことを約束した。しかし、誠実な努力はなくインド、パキスタン、イスラエルの核保有まで許してきた。
そのため、国連総会で120余国の努力でようやく「核兵器禁止条約」が成立したのである。「核抑止力」というが、結局、他国への脅しであり、インドとパキスタンや米国と北朝鮮の関係で分かるように、新たな核保有国を生み出してしまった。新条約はその反省でもある。
 北朝鮮の非核化はこの世界的な核廃絶への動きの中に北朝鮮を包摂することによって可能になる。被爆国日本は、その先頭に立つべきだ。戦争になれば大被害が必至なのに、この問題を政権維持のために利用し、属国丸出しで圧力一本路線に追随するのは、とても外交とはいえない。拉致被害者家族の中にも、蓮池透さん・薫さん兄弟などの声<10.15北陸中日参照>があるのを知るべきである。(文責;多名賀 哲也)



●団結小屋から北西方向を臨むと、眉のように風戸の岬が伸びています。先端の岩場の浜には、能登ピースの仲間が毎回泊まった西海の「お川」民宿、側の高台には加納作次郎文学碑が立っています(写真参照)。
 作次郎は1885年に旧西海村風戸に生まれ、早大文学部を卒業後、博文館入社。『文章世界』の主筆として翻訳や文芸時評を発表。1917年には私小説「世の中へ」で認められ小説家としても活躍しましたが、1941年に56才で死去しました。
 ピースサイクル27年間の歩みをたどりつつ一度訪問され、小川さんご夫婦による海づくしの夕食を楽しまれては如何でしょう。1泊2食6千円から。

 ●フクシマよ埋めても埋めても葱匂う
 羽咋図書館で『17音の青春2017~五七五で綴る高校生のメッセージ』(角川書店)を借りました。上記の俳句は最優秀賞5人の1人、福島西高校3年・野村モモさんの一句。福島の詩人で高校教員・中村晋さんの「フクシマよ、夭々と桃すてられる」とも通じるものがあります。選考委員の金子兜太さんは「被曝地帯の現状を勇敢に書いている作品は数が少なくなった。・・若いのに時局をふまえた句を書いた人が少なかったということで、その希少性を私は買っている」と言います。俳句の世界でも若い人の保守化が目につくのというのは残念な話ですが。しかし、「消えたくて消えたくなくて林檎噛む」<京都府洛南高校2年・柳澤悠佑>も心に残る句でした。故・大島渚監督作『青春残酷物語』の有名なシーンのような激しさがあります。大人しいだけではありません。やはり若い人たちに期待しています。  (タナカ記)


<NO.48 2017年10月10日発行>

 27年間 関西の元気印を有難う!
   最後の能登ピースサイクルと歓迎・交流

 27年間、珠洲原発建設計画と志賀原発に反対して毎年7月、20台前後の銀輪を走らせ、関西の元気印を私たちに届けてくれた「原発いらん!能登ピースサイクル」。全港湾関西地本の大型宣伝カーを先頭に大阪の郵便局員、ゼネラル石油など外資系石油の労組員、高校教員、全港湾の青年組合員らによってとりくまれてきました。
 珠洲原発建設計画反対運動と連帯しようと1990年に始まり、出発地も珠洲市蛸島でした。2003年末に計画凍結=事実上の建設断念が確定した後は、2004年夏に珠洲をウイニングラン。2005年からは、出発地も西海の小川民宿に変わり、志賀原発廃炉を訴えて西海~志賀原発~内灘~石川県庁へと走り続けてきました。

◆ はりつめし四肢と銀輪かけゆきぬ 
   海,丘,客人(まろうど)みな美しき


 能登ピースは、珠洲原発計画に反対する珠洲市民たちから熱烈な歓迎を受けました。志賀原発をめぐる当地の状況とは大きく異なります。やはり阻止できた所と許してしまった所の違いでしょうか。でも、一、二度限りの支援ではなく毎年、大変な準備とエネルギーを費やして「廃炉のときまで」と元気いっぱいに駆けつけてくる能登ピースは私たちにとって大きな励ましでした。27年間、関西の元気印を届け続けてくれたこと、本当にありがとう!
 原発の異様な姿とは対照的に、まわりの海と丘は美しく、自転車をこぐ日に焼けた関西の客人(まろうど)たちの姿もまた美しく、地元の私たちを励ましてくれるものでした。北電に対しても毎年、イヤなインパクトを与えるとりくみだったことでしょう。

◆珠洲~輪島~西海~内灘 195㌔のラストラン

 その能登ピースサイクルも、主に年齢的体力的な問題から自転車走行中の事故の危険性が増してきたため、一昨年の2015年、25回目の自転車走行をもって終了することになりました。
しかし今回、「志賀原発廃炉実現のウイニングランはできなかったが、「能登半島を非核半島に!」という各々の思いを胸に、本当に最後の自転車走行を8名の有志で実施することになったものです。
行程は24日、珠洲市蛸島の民宿「むろや」に泊。25日、蛸島漁港から珠洲原発予定地だった寺家・高屋を経て輪島へ。26日、輪島~総持寺をへて西海の民宿「お川」に泊。27日、西海~赤住団結小屋~内灘サイクリングターミナルに泊。195㌔に及ぶラストランです。
 命のネットは、27日が羽咋市議選告示日だったことやメンバーが怪我をしたため3人しか参加できませんでしたが、のとじょネットの7人が参加してくれ、ラストランにふさわしい歓迎交流会を団結小屋で持つことができました。池端憲子さんの寄稿を参照してください。また、北陸中日新聞の社会面にも写真2枚、5段組みで大きく掲載されています。(写真後列左からマネジメント役の稲岡了三さん、代表の高橋伸二さん、4人目は昨年11月に七尾で原子力防災の講演をされた末田一秀さん)

◆回りの人に話すことが一歩に

 8月27日、晴天。海も穏やかでした。能登ピースサイクルが今夏で活動を終えるというので、「御苦労様」「廃炉に向けこれからもがんばろう」と、原発横の赤住団結小屋で歓迎交流会を持ちました。
 夢生民(ムーミン、障害者たちが働く羽咋市大川町の喫茶店)のチーズケーキ、のとじょネットメンバー手作りのヨーグルトケーキ(右写真)、冷たい麦茶で楽しいひと時を過ごしました。自己紹介、それぞれの思いを話す中で、福島から避難しているⅠさん、福島への思いで涙あふれる場面もありました。
 中日新聞にピースサイクルのことが載ったので知人に「今日の新聞見てね。私、小さく写っているよ」と話しました。翌日、「新聞読んだよ。高2の孫に見せたら、宿題のテーマこれにしようって、原発のこと調べとったよ」と言うので早速、資料を渡しました。若者がこの記事をきっかけに興味を持ってくれたのはうれしいことでした。
 秋祭りの片づけ後の女子お茶会で、「福島の事故のとき、車の油なくて困っとったの見たから、できるだけ満タンにしとるよ」「いいこと聞いた。私もそうしよう」「ヨウ素剤、家においてるよ」
「へ~え、どうして?」「姉ちゃん看護師やからもらったげ」
 日々の何気ない会話の中で、政治のこと、福島のこと、原発のこと、教育のことなどなど・・・。話せることが何かの一歩につながるのかなと思います。<羽咋市・池端憲子>


■各地のたより

 私も80才を過ぎ、知力とともに体力も衰えてきています。年に1~2 回は仲間に誘われて都心の集会に参加しています。7月、2市2町に志賀原発の廃炉に向って北電に申入れをするよう要請したとのこと、現地の人々に感謝する次第です。田中良明さんの転載記事に「独裁的・強権的な国家だけが原発事業が続く」とあり、日本も含まれますね。原発再稼動の動き止まらず残念でならない。現地の皆さん元気でね。(町田市・篠田修一)


 チェルノブイリと酷似した事態が進行!
甲状腺がん191人!だが、2700人ものデータを除外 『世界』8月号


   白石 草さんの報告に注目を


 3巡目を迎えた「福島県民健康調査」で甲状腺がんが190人以上に達したことが公表され、大きな衝撃を与えました。しかし、月刊誌『世界』8月号に掲載された白石草さんの報告は、さらに深刻な事態が隠されていると訴えています。今号には、その要約を以下に掲載します。『世界』は各地の図書館にあります。ぜひ、全文を一読してみて下さい。

■調査対象の枠外で患者が見つかる

 福島事故にともない、2011年から福島県が実施している「県民健康調査」。3カ月ごとに検査結果を報告する「検討委員会」が6月5日に開かれ、新たな甲状腺がんのデータが公表された。それによると、甲状腺がんの悪性または悪性疑いと診断された子どもは191人に達し、すでに153人が手術を終えている。
 しかし、今回の検討委員会で話題の焦点となったのは、この数字そのものではない。この数字の陰に、いったい何人の甲状腺がん患者が隠れているのか、データ公表の方法に問題はないのか、この点に議論が集中した。 <中 略>

■2700人のデータを除外

 福島県の甲状腺検査では、事故当時18才以下だった県民36万人を対象に超音波検査を実施し、5㍉を超える結節(しこり)や2㌢を超える膿胞がある子どもは2次検査の対象となる。2次検査では、より詳細な超音波検査や血液検査が行われ、ガンが強く疑われる子どもは、次回の検査で穿刺(せんし)細胞診を行なうことになる。一方、何らかの所見があるものの、すぐに穿刺細胞診をしない子どもは、一般の保険診療に移行し、医師による「経過観察」が行われる。
 福島医大が公表していなかったのは、この経過観察中の患者のデータだ。これらの患者が診察の中でガンと診断されても、健康調査の枠組みから外れるため、把握も報告もしないのだという。甲状腺検査をきっかけに「経過観察」となっている患者は、これまでにのべ2700人に上る。県が発表している患者数は191人だが、これよりはるかに多い患者が埋もれている可能性があるのだ。 <中 略>

■未公表の4歳児 ⇒「放射線の影響」否定の根拠崩れる

 今回の事態が重大なのは単にデータが欠けているだけでなく、未公表症例が「事故当時4歳以下」の子どもだったことにある。<中略>重要なのは、この患者が見つかった時期だ。「検討委員会」は昨年3月、子どもの甲状腺がんの多発は「放射線の影響とは考えにくい」と結論づける「中間とりまとめ」を公表したが、その根拠となった条件のひとつが「5歳以下の子どもの発症がない」という理由だった。<中略>
 しかし、実際には、この報告書がまとめられる前に、4歳児の甲状腺がんが見つかっていたわけである。<中略>しかも「事故時5歳以下の患者」は被ばく影響を評価するうえでひじょうに重要とされてきたにもかかわらず治療にあたった医師やスタッフが、この症例を明らかにしなかったことの責任は極めて重い。

■ 急増する「経過観察症例」

 さらに指摘したいのは、この「経過観察」症例が年を追うごとに増加している点である。福島県のデータによれば、二次検査における穿刺(せんし)細胞診の施行率は年々低下し、一巡目では39.7%、2014~2015年の2巡目では15.0%、2016年から17年の3巡目では5.4%にまで減っている。
 逆に「経過観察」症例は増え、1巡目は60%だったものが、2巡目では84.9%、3巡目では94.5%と約1.5倍となっている。つまり現在では、2次検査に回った患者データのほとんどが、検討委員会に報告されない状況に陥っているのだ。<中略>
 確かに、強い痛みを伴う細胞診を子どもに施行するのは慎重であるべきとの立場は理解できる。しかし、現在のスキームでは、こうした配慮が、より小さい子供のデータにふたをする結果を招いている。県民の中には公表される数字を減らすために、恣意的に穿刺細胞診を先延ばしにしているのではないかと言った疑いの声も上がっている。

■検査縮小への道筋が・・

 検査がスタートして6年。これまで見てきたとおり「早期発見・早期治療」および「症例数の把握」という甲状腺検査の二つの目的が今、大きく揺らいでいる。県や国は、甲状腺がんが多発している原因は、見つける必要のないガンを多数診断している、いわゆる『過剰診断』によるものだとして、検査の縮小へ向けて大きく舵を切っている。
これに呼応し、福島県小児医会は昨年8月、ガンの多発が保護者の不安を招いているとして、検査の見直しなどを求める「総会声明」を県に提出した。また12月には、日本財団が主催する「放射線と健康についての福島国際専門家会議」のメンバーが内堀雅雄知事と面会し、検査の縮小を提言。最新の科学的知見を評価する国際的な会議体を設置するよう求めた。<中 略>

■「過剰診断」論の陰で

 しかし、『過剰診断』論に惑わされてはならない。実際にはチェルノブイリと酷似した深刻な事態が進行している。
その一つが手術症例の問題だ。鈴木教授が公表した手術症例によると、昨年3月までに手術を終えた145人のうち、7割以上にリンパ節転移や浸潤などがあり、複数の再発例が出ている「みつけなくてもいいガンを見つけている」とは言いがたい状況だ。
また、がんの進行の速さも懸念されている。甲状腺がんは進行が遅いと言われるが、2巡目の検査で甲状腺がんと診断された71人のうち、9割を超える65人が1巡目の検査では特に問題がなかった子どもだった。1巡目と2巡目のかんかくはわずか2年。その間に、がんが1㌢から3.5㌢まで急成長したことになる。<中略>
 このように事態は全く楽観できない。中には肺転移により治療がうまくいっていない患者もおり、医療資源の枯渇も懸念される。検査を受けたすべての患者の症例把握を早急に進めるとともに、再発・転移を含め手術後のフォローアップ・データの報告も急務である。チェルノブイリでは、国際機関の介入により、甲状腺がんの多発が被ばくによるものと結論づけられるまでに、10年を要した。日本は今、まったく同じ過ちを繰り返しつつある。


<当面する行動&集会などの予定>

◆10/15大飯原発うごかすな!関電包囲全国集会

 10月15日(日)13時~15時 関電本店前⇒靭公園へ移動 15時半、難波までデモ

◆STOP!伊方原発 高松集会
  10月21日(土)13時、高松市・JR駅前広場 15時、デモ行進 終了後~21日=全国交流会

◆もんじゅ廃炉!核燃料サイクルをとめる全国集会
  11月5日(日)13時~16時、福井市・国際交流会館         
*関電包囲集会、高松集会には代表派遣を予定。福井集会を含め、参加希望者は事務局まで連絡下さい。旅費補助あり。


 住民の目線に立った篠山市の原子力防災!
  高浜、大飯原発から45~65㌔圏にある兵庫県は丹波の篠山市。放射線の被ばくから甲状腺を守るために安定ヨウ素剤の事前配布を2016年1月末から始め、以後も1年に1回、事前配布を行っています。このとりくみは30㌔圏外の自治体では初めてのもので全国から注目されています。
 左のカットは、同市が本年7月に発行したハンドブック『原発災害にたくましく備えよう』の冒頭に掲載された見出しで、篠山市の原子力防災に対する考え方を率直・簡明に訴えています。
 第10条通報(原発で深刻な事故が発生)が深刻な事故の合図、もっと自体が深刻化すると、国から「原子力緊急事態宣言」(原災法第15条)が出て避難指示が出ることになっていますが、実際には事故の深刻さは隠され、公表と対処が遅れるのは福島事故で明らかです。
 同市はこの事実をはっきり直視して「周辺自治体に数えられていない篠山市に避難指示は出されない可能性がありますが、篠山市では市民の安全を最優先に考え、【とっとと逃げる】(早めに避難する)ことを勧めています」(P15)と明記しているのです。
 他の説明も実にリアル・具体的で分かりやすく、とくにヨウ素剤の「副作用はないの?」では、「副作用はごくわずか。インフルエンザ予防注射による深刻な副作用発生率が0.002%。安定ヨウ素剤の発生率はその20分の1です」(P21)とズバリ明示しています。同市では昨年末までに、3才~13才未満の約74%に配布しました。
 羽咋市は学校、保育所に事前配置していますが、万一の場合、即刻飲ませるか心配です。すでに羽咋市の先進的な役割は、30㌔圏外の自治体によって追い越されているのです。

■鹿児島県でも新たな動きがー

 鹿児島県では三反園知事が7月26日の定例記者会見で、30㌔圏の希望者にヨウ素剤を事前配布する方針を発表しました。次回の「原子力安全・避難計画等防災専門委員会」での議論後、県議会に提案するといいます。
 川内原発30㌔圏住民ネットは、知事が提案しやすくなるように環境づくりをしてきました。5市1町の知事あての意見書採択です。30㌔圏外も含む出水市、日置市、姶良市、長島町の陳情・意見書は自治体全域での配布を求めるもので、住民ネットは今後の議論に期待しています。(この項は、『反原発新聞』第474号、2017年9月号―3面の<川内では、いま>高木章次さんの報告を、一部表現を変えて転載しました)


<視点・論点> 北朝鮮ミサイル-避難訓練を嗤う

 お分かりと思うが、見出しの<訓練を嗤う>は桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」の借用である。しかし、メディアが伝える訓練の模様やJアラートの報道を見て、私は「嗤う」どころか怒りとぞっとする恐怖を覚えたのである。
 この訓練は原発の防災訓練と同様、実際の役には立たないどころか、全く無駄なものである。かつて北朝鮮がテポドンの試射を行なった当時なら、まだ彼らの軍事技術が未熟なため、飛行途中での解体⇒落下という事態もありえたかもしれぬ。しかし、防衛庁(当時)の役人たちは、国民に「怖い」と煽り立てながら、自分たちは納入兵器や調達物をめぐる汚職の証拠・関係資料を隠すのに必死だったことはまだ記憶に新しい。
 いま最も対策が急がれるのは、墜落や不時着事故を繰り返すオスプレイではないか。基地撤去はかなわぬまでも、国民の安全を第一に考えるなら、オスプレイの撤去・飛行停止を真剣に求めることである。宇宙空間に通信衛星や軍事飛行物があふれている時、危険を煽り立てるのは「北朝鮮は怖い。戦争もやむなし」という社会心理を作り出そうとしているとしか思えない。

 ◆第2の朝鮮戦争は絶対に起こしてはならない!

 アメリカの世論調査では「外交手段がだめなら、戦争もやむを得ない」という声が5割を超しているという。結局は「第二の朝鮮戦争」である。被害は第一に韓国人であり、米軍の想定でも50万~100万人に達する。第二は米軍基地が集中する沖縄であり、沖縄はほぼ壊滅することになるだろう。日本本土も無事では済まぬことはいうまでもない。
 もちろん、北朝鮮政権の崩壊は必至である。しかし、中国も難民の流入など深刻な事態になるだろう。もともと中国東北3省には数百万の朝鮮族が居住している。地続きでもあり、つながりの歴史は深い。ときどきの政権や政治の動向で簡単に左右できるものではない。この点では「当事国=アメリカと北朝鮮の交渉がカギを握っている」という中国の主張は極めて正当である。
 アメリカが不法不当なイラク戦争を強行したことで分かるように、世界最強の軍事力に寄生する産軍複合体の影響力は巨大である。しかし、それ以上に米国エリートだけでなく一般国民に韓国、中国、日本、沖縄などアジア人の死は眼中にない社会心理である。太平洋、大西洋に挟まれているお蔭でアメリカ人は、対外戦争でロシア、中国、ドイツ、日本などに比べると戦死者は微々たるものである。そんなアメリカとトランプに追随し、「日米同盟強化が日本の唯一の道」と、騒ぎ立てる安倍政権はどうみても異常である。

 ◆原発を並べて戦争などすることはできない!

 朝鮮戦争を想定することは拉致被害者の救出は頭から諦めているのである。韓国、沖縄、日本の被害も当然覚悟のはずである。政府や右翼の人々に果たしてその覚悟はあるのか?最近、谷本知事が「もし志賀原発が狙われるようなら、北朝鮮国民を総餓死させる」と発言して問題になった。これも常軌を逸している。しかし、谷本発言は日本海沿岸にこれほど原発を並べて戦争を考えること等できないことを、逆に私たちに教えているのである。 (文責;多名賀 哲也)


●母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤壓して太陽歿む
 能登ひとのはらわたに蛆をわかしむるエセ文明をこよい怒りぬ

右の写真は志賀町高浜海岸に建つ坪野哲久文学碑です。碑には彼の『ふるさと詠六十五選』より「母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤(なみ)壓(お)して太陽歿(しず)む」が刻まれ、右の碑は遺影です。

●志賀原発まで、あと10分という千鳥浜にあり、駐車場とトイレも併設されています。休憩がてら車を止め一見されては如何でしょう。

●哲久は1906年(明治39年)高浜に生まれ、1988年没。かほく市の川柳人・鶴彬と並ぶ反骨の歌人です。2首目の「能登ひとの・・」は原発建設へ走る町の動きを怒ったもので、もう没年近いころの作だと思われます。詳しく知りたい方は『郷土の歌人―坪野哲久』(志賀町立図書館発行)をご覧ください。