<リンク>
志賀原発廃炉に!訴訟原告団HP● http://shika-hairo.com/

  命のネットワーク

 〒925-0052 石川県羽咋市中央町サ5 (羽咋労働会館内)
           ℡0767-22-2111 (FAX共用)














<NO.52 2018年10月10日発行>


 ★30㌔圏に96万人★  東海第二は動かすな!


 9月1日、茨城県水戸市で東海第2原発の再稼動に反対する県民集会会が開かれ、千名をこす人々が集まり、中心街を行進。命のネットも3名が参加しました。(下記参照)
 東海村にある日本原電・東海第二原発(志賀1号機と同じBWRで110万kw)は、40年前の78年11月、国内初の大型原発として営業運転を開始しました。すでに40年もたった「老朽原発」なのに、あと20年も運転させようと、日本電電は再稼動を求めています。呆れたことに原子力規制委員会は再稼動に積極的で11月までに運転期間延長を認可しようとしています。
 左図で分かるように東京まで100㌔、30㌔圏内には96万人も住む地域です。150㌔圏は人口が集中する首都圏であり、避難計画など全くの絵空事です。加えて東海村には最も危険な使用済み核燃料再処理工場や、あの臨界事故を起こしたJCO核燃料工場など原子力施設が集中しています。重大事故が起これば、フクシマの比ではありません!


 ◆3.11、危機一髪だった東海第二!20年の特例を通例にさせるな!

 3.11当日、2日前に防潮壁のかさ上げ工事が完成したばかりでした。津波があと40㌢高かったら!奇跡的な偶然です。それでもやはり浸水して非常用発電機1台がダメになり、必死の手動操作で冷温停止するまで3日半もかかりました。福島の4原発が40年近い老朽原発だったことも事故原因の一つです。運転は40年まで。20年延長はあくまで特例のはずです。しかし、日本原電と規制委員会は3.11フクシマがなかったかのように、事故の教訓を忘れ、20年延長の特例を事実上、「通例⇒60年運転」にしようとしています。
 原電が保有する発電所は全て原発だけであり、現在は全く売上げがありません。この7年間やってこれたのは、東海第二と敦賀2号機の設備維持管理を名目にした電力各社からの「基本料金」約1000億円の収入が毎年あったからです。


 ◆首都圏5千万人を危険にさらす再稼動 その原電に北電も支援拠出!

 破たん状態の原電を救うためだけに、首都圏5千万人の市民を危険にさらす再稼動を規制委員会は認めようというのです。まさに原子力「寄生」委員会です。再稼動に必要とされる地震・津波対策費1740億円も東電と東北電力が支援する約束だと言います。
 東電は今や事実上の国有化=国民の税金で支えられている電力会社です。それが他社に2740億円もの基本料金や支援金を出すなどとは許せない話です。ちなみに昨年突然経営危機と称し料金値上げした北陸電力も毎年168.6億円の「基本料金」を原電に支援拠出しています。石川・富山県民としても許せることではありません。


 ◆画期的な新安全協定

 青森と並ぶ原子力施設が集中する茨城県ですが、こんなデタラメな再稼働計画に対しては、県都の水戸市を始め63%の市町が廃炉や再稼動反対の意思を表明しています。
 さらに注目されるのは今年3月末に東海村、周辺の水戸、日立、ひたちなか、那珂、常陸太田の5市で構成する「原子力所在地域首長懇談会」の粘り強い交渉で、原電が隣接する5市に「実質的な事前了解権」を含む安全協定を認めたことです。
 5市の努力はもちろんですが、立地する東海村の村上・前村長の熱意が背景にあります。それだけ原電への不信、JCO臨界事故の教訓が大きかったのです。


◆20年運転延長を止めさせ、全国の原発を廃炉に追い込む天王山に!

 東海第二は3.11で被災し損傷した老朽原発です。電力と安倍政権がこのまま各地の原発再稼動を進めても、近々40年となる老朽原発が大半。東海第二の20年運転延長を全国の力を集中して阻止し、各地の原発を廃炉に追い込む決定的な転換点にしましょう!



 東海第二は首都圏原発だ!再稼動は絶対阻止!
    ―9/1再稼働ストップ!茨城県大集会に1000人-

 9月1日午後、茨城県水戸市の駿優会館で「東海第二再稼動STOP!茨城県大集会」が開催され、命のネットからはタナカ、藤岡、舘谷の3名が参加。当日は曇天でむし暑い日だった。
 会場の収容人員は880名。参加者は通路にあふれ、いやがうえにも熱気は高まった。桜井勝延・前南相馬市長、河合弘之弁護士などが次々と登壇。それぞれ熱のこもった訴えが続いた。閉会にあたって茨城大・原口弥生教授のあいさつがあった。大成功をかみしめたのか、参加者への感謝のくだりで感涙、言葉にならなかった。胸に迫るものがあった。

 3時半過ぎ、駅前~宮下銀座をデモ行進。「日本原電は再稼動を断念せよ!」「原子力規制委員会は再稼動を許可するな!」「20年延長を許さないぞ!」―1000名のデモ隊が訴えるシュプレヒコールはボリュームがあったように感じた。地元紙・茨城新聞は翌日、「再稼動阻止1000名が気勢」とカラー写真入りで大きく報じていた。

 終了後は再稼動阻止全国ネットワークの「全国交流・相談会in茨城」(今回で22回目になる)に参加。夜の「東海第二をめぐる動きの報告」に続き、翌2日は全国の原発現地からの最新現状報告、意見交換会に参加した。青森、女川、福島、浜岡、志賀、若狭、島根、伊方、玄海、川内の順で発表があった。命のネットからはタナカさんが発言した。いずれの報告も反原発市民グループに属している者として勉強になることばかりだった。
 続いて「全国の力で東海第二を止めよう」をテーマに、論議を深めた。最後に阻止ネット運営上の諸問題、会計報告、次回開催地を話し合い閉会となった。(輪島市門前町・舘谷富士夫)                     

<編集部付記>現地と大都市を結んだ阻止ネットー全国相談会は今回で22回目となる。(羽咋でも13年4月に開催)いずれも大飯を皮切りに全国の原発の再稼動に反対する現地行動に合わせて開催されてきた。原発現地どおしが支援・連携するとともに、首都圏(たんぽぽ舎など)、関西圏が事務局と現地への動員を担ってきた。
 原水禁や労組など中央組織が現地行動を支える力を失っている中で、現地と大都市圏の運動体が自らの力で結びつき、この間の再稼動反対の現地行動を支え持続させてきた意義は大きい。インターネットで組織、活動の現況などをぜひご覧下さい。大変参考になりますよ!


 実効性があるのはヨウ素剤配布だけ!
   避難計画は机上の空論、再稼動の既成事実化

 7月20日、北陸中日新聞は1面トップでヨウ素剤をめぐる驚くほどひどい現状を伝えています。福島現地の子どもらの甲状腺ガンがすでに2百人を超えているのに、本当に悲惨としか言いようのない現実です。1999年のJCO臨界事故以来、ヨウ素剤の自主配布を進めてきた私たちは歯噛みする思いです。

◆子ども達に被曝を強制する国

 全国の原発現地、周辺地域で国や自治体が行なってきた避難計画は実際にはとても逃げられない机上の空論にすぎません。各地で行われている避難訓練は、住民に被曝を強制し、再稼動を認めさせるための官制セレモニーです。
 被ばくは避けられません。それが3.11が冷厳に教えている国・電力の本当の姿です。運よく避難できたとしても変えるべき故郷はないのが原発事故の結末であることも忘れられています。
 そんな中で、被ばくの影響を抑えることができるヨウ素剤の服用は唯一、実効性・現実性のある防災対策です。各自治体は国に追従することなく、住民にヨウ素剤の事前配布を行なうべきです。JC0臨界事故、3.11フクシマを経験してまだ自治体は住民を守る第一の任務を果たすことができないのでしょうか。

 ◆自主配布運動しかない!

 国は3.11以来、問屋や薬局に薬剤の移動を禁止し、販売への締め付けを強めて


 命のネットは9回目のヨウ素剤・更新配布を行います!

 以上のような状況の中で、命のネットは10月初めをめどに、従来会員に対する9回目のヨウ素剤・更新配布を行ないます。配布対象は約440名です。3.11後の新加入者については来年4月をめどに4回目の更新を行う予定で、配布対象は約540名を予定しています。



 核燃料サイクル計画、原発再稼動、
大間・東通原発建設計画はもうやめろ!


 茨城から帰ってきて僅か4日の間に重要なニュースが続きました。まず9月3日、北陸中日新聞だけでなく北国新聞も「MOX燃料再処理断念―電力10社、費用確保困難で」と報道しました。
 翌4日、電源開発(Jパワー)が青森県大間町で建設中の大間原発について新規系基準に対応する工事の開始時期が約2年遅れて2020年後半になると県、大間町に伝えました。延期は3回目!
 6日、北海道を襲った地震で道内の全発電所が停止し、道内全域が停電になりました。このとき泊原発は「外部電源喪失9時間半」という事態になりました。

◆核燃サイクル根拠失う!

 MOX再処理ができなくなれば、核燃料の核燃料の再利用は1度のみとなり、核燃料サイクルの意味は殆どなくなります。電力各社が出資する日本原燃は、六ヶ所村で使用済み核燃料の再処理工場とMOX燃料の加工工場の建設を進めていますが、総事業費は16兆円と膨れ上がり、あまりに危険なため操業延期が続いています。もともと第2再処理工場など無理な話でした。
 加えて、再稼動のため耐震設備や安全対策の経費も電力の経営を圧迫しています。国がどう言おうと「もう持たない!」と電力側が悲鳴を上げたというのが実態でしょう。そし「全燃料がMOX燃料」というのが売り物の大間や東通原発もまた延期発表。核燃サイクルは各所で火をあげズタズタになっています。もう止めるしかありません。
 世界各国が余りに危険で費用が巨額になるため撤退した再処理を日本だけが続けようとした結果です。原発再稼動を強行し続けても展望はなく、早晩、40年の老朽化⇒廃炉のときを迎えます。再生エネルギー発電への転換と言う世界の流れに逆行し、孤児となるだけです。

 ◆天を恐れよ!地震大国・日本にもう原発は無理!

 東海第二再稼動を云々する事態ではありません。東日本大震災の後も16年4月の熊本地震、今年の大阪北部地震、北海道地震とつづいています。丹後地震、鳥取地震と同様今回も分かっていない断層が動いたものです。電力と安倍政権には<天を恐れよ!>と言うしかありません。
 


<各地のたより> 福島・双葉地方原発反対同盟は健在なり!

●福島第1原発が立地する大熊町、同第2が立地する富岡町など8町村で構成される双葉郡。最も事故被害が深刻な地域です。ここにも石川や富山と同様「勤労協」がありますが、40人の会員全員がいわき市などに避難・分散しています。
●会員の多くが双葉地方原発反対同盟に参画しており、同盟は東電への申入れや交渉とともに、被ばく労働者の聞き取り調査や相談活動を行ってきました。原発労働の底辺を担ってきた人々と接する活動であり、本当に頭が下がります。しかし、それは志賀原発とは異なり、被ばく労働に従事する地元住民がそれだけ多く、東電の支配が深く広がっていることも示しています。
●9月6日の北陸中日新聞は《話題の発掘・ニュースの追跡》ページ全面を使って「福島作業員、今も昔も使い捨て。40年前、101人から聞き取り」と羽咋にも講演に来て頂いた石丸小四郎さんらの活動を紹介しました。(右上、写真のみ掲載)ぜひ一読をお勧めします。
●7月25日、いわき市において「双葉地方原発反対同盟結成46周年、同機関誌『脱原発情報』200号記念集会」が開催され、約50人が参加しました。同盟の歴史について代表の石丸小四郎さんが報告され、事故でバラバラにされた組織の再建とたたかいの強化を誓い合いました。その後の懇親会では、それぞれの体験や避難状況、反原発の運動との関わり、今後の運動の在り方など話は尽きることなく、夜の更けるまで語り合ったそうです。(脱原発情報200号より)


<編集後記>

  鶴彬の遺骨,生地に戻るー分骨墓碑建立記念式


胎内の動き知るころ骨がつき 9月14日、かほく市高松の淨専寺で「鶴彬分骨墓碑建立記念式」が行われ、私は同じ団地の西澤さんと共に参列してきました。当日は鶴彬が獄死して80年になります。29才でした。鶴(本名;喜多一二、きた・かつじ)は十代の頃から川柳を始めましたが、陸軍に召集された後、作品が反戦的だとして治安維持法違反で2度逮捕されました。
留置場で赤痢にかかり、病院のベッドに繋がれたまま絶命したといわれます。
●死後は盛岡市に住む兄が遺骨を、同市の真宗寺院の墓に納めました。「鶴彬を顕彰する会」では、鶴の親族が元気な内に地元に墓参の場所を作りたいと分骨の計画を進めてきたものです。墓碑は中国産御影石に「鶴彬墓碑」の文字を刻み、裏面に顕彰する会のメンバーの名も記されています。碑の横には、没後70年の節目に建てられ、最後の作品とされる<胎内の動き知るころ骨がつき>の句を刻んだ歌碑が並んでいます。
枯れ柴よ団結をして春を待つ 式の導師を務めた同寺の平野道雄住職は「反戦の思いを川柳にし続けた鶴彬の墓碑が建ち、今まで以上に『あなたは非暴力や人類平等を本気で望んでいますか』と生きざまを問われる気がする」と語られました。式後、高松インター近くにある歴史公園内の歌碑―標記の句―の前で第20回の讃える会・碑前祭がもたれました。
●また、講演会「ドイツの鶴彬」があり、元北陸大教授・田村光彰さんがナチス支配下の歴史と、収容所内での抵抗も含め日本の私たちの想像を絶する文学者たちの抵抗運動を紹介。抒情詩人として知られる150年前のハイネ(ナチスはその詩集も焚書した)が鶴彬とも通底する、社会批判・風刺の詩人だったと強調されました。なお、平野さん、顕彰する会事務局の小山広助さん、田村さん、どなたも原告団運動以来の熱心な会員・通信読者です。<タナカ記>


<NO.51 2018年7月10日発行>

新潟・長野・岐阜・富山~風船のたび=報告特集

 命のネットワーク事務局では毎月1回土曜日の会議と合わせ、原発事故時の影響を調べるために、エコ風船を団結小屋から飛ばしています。始めたのは14年3月8日。それ以後、昨年10月までに実施したのは、冬期と悪天候時を除き32回を数えます。
 帰ってきたハガキを見ると、それぞれ到達した場所、時間は違いますが、到達範囲の広がりと距離に驚かされています。帰ってきた回数は7回、枚数は11通。下記にその一覧表を掲載しました。見つけた状況や一言を書いてあるものもあり、それも併せて掲載してあります。
 *注)この風船調査は、かつて団結小屋常駐団も86年夏から87年秋に1年3月かけて実施し、約3千個を飛ばしました。帰ってきたハガキは72枚。到達地は富山が一番多く29。地元石川25、長野6、新潟5、茨城3、栃木2、山形・岩手各1の順
でした。北日本新聞の取材に対し北電の地域社会部の答えは「偏西風で東へ行くのは当然。当社は“事故が起きたら”ではなく、事故を起こさないよう努力しており反対住民とは見解が違う」でした。以後30年。事実は北電の回答と全く正反対だったのは言う間でもありません。

<見つけた方のひとこと>

●長野市>遅くなりましたが、4月6日に長野市の富士の塔山近くの850㍍位のところで、風船のハガキを見つけました。発見した所はNさんという方の所有する山の近くで、Nさんの山でたき火をしたり木を伐ってキノコ栽培をしたりしている時に見つけました。
 Nさんは福島県に何度も足を運び、取材して雑誌を発行している方なので、この話をしたところ彼の発行している雑誌も一緒に送ってほしいと言われたので同封します。
●下呂市>前略 去る8月12日早朝、畑にて風船を見つけましたので、ご連絡申し上げます。連絡が遅くなりましたこと、御容赦下さい。日本に住む者として御活動かげながら応援しております。暑い日が続きますので御自愛下さい。 草々
<付記>総会に提出した風船調査一覧表「風船のたび」、30年前の団結小屋常駐団の調査記録「空からの黙示録」。事務局にあります。希望者は御連絡下さい!(右写真:14年3月8日、風船上げを開始)

<返送されてきた11枚のハガキの一覧>

実施した日 個数 見つけた日 見つけた場所 小屋上空の天候
14年3月8日 200 4月6日 長野市富士の塔山付近 南東の強風
  4月12日 20  4月13日 富山県砺波市庄川町庄地内 南東の隠風
 4月15日 同 砺波市太田地内  上同
    4月20日 同 砺波市庄川町三谷谷内地内  上同
  6月14日 100  6月14日 新潟県南魚沼市塩沢地内 北東の穏風
15年3月14日  40  3月15日 新潟県糸魚川市大和川地内 北西の強風
       3月15日 新潟県中魚沼郡南町沖の原地内  上同
 5月10日 新潟県糸魚川市大谷内菅沼地内  上同
16年8月11日  41  8月12日 岐阜県下呂市畑にて 東の微風
  10月10日  50 10月11日 新潟県小千谷市船岡地内 東の微風
17年9月10日  20  9月11日 富山県滑川市加島町地内 西の微風

辺野古新基地ノー!沖縄と連帯し県内10ヵ所で
   
「標的の島・風かたか」上映会開く!
      
抗議船団の若き船長・相馬百合さんが支援訴え

 金沢の森一敏市議のよびかけにより、3月23日から4月1日まで県内10カ所で『標的の島・風(かじ)かたか』上映会が開催されました。「標的の村」「戦場(いくさば)ぬ止(とうどう)み」など沖縄のたたかいと文化を日本人に問いかけてきた三上智恵監督の最新作です。―「風かたか」とは風よけ、防波堤のことです。
 2016年夏、米軍属による女性暴行殺人事件の被害者を追悼する県民大会で稲嶺進  る県民大会で、稲嶺進 名護市長は「我々はまた命を救う“風かたか”になれなかった」と痛恨の声をあげました。題名の由来です。
 羽咋は4月1日、労働会館ホールに約40名が参加して開かれました。辺野古抗議船団の船長を務める相馬由里さんも駆けつけ、市長選後の厳しい状況の中でも明るく、たくましく連帯と支援を訴えられました。本当に「標的の島」とは沖縄のことではありません。私たちが暮らす日本列島のことだと実感しました。連帯の行動を起こしていきましょう!とりあえず、会場カンパ1万5千円お渡ししました。



6.23 原発前を中能登地区50名が非核平和行進

 6月23日、午後2時から志賀原発横の団結小屋前で羽咋郡市、七尾市、中能登町、輪島市など中能登地区の50余名が参加して被爆73周年非核平和行進・中能登地区集会を行ないました。
 集会に先立って富山市の和田広治さんが原発をやめようとギター演奏を行なうとともに、1時間前から命のネットメンバー10数名が準備したエコ風船100個を参加者全員で上げました。
 集会では七尾市の山添市議と森市議が「東海原発の再稼動を巡り、茨城県では30㌔圏の7市全てが立地する東海村と同様の安全協定をかちとった。同意権=拒否権だ。七尾市は羽咋市、中能登町と北電に志賀町並みの安全協定を要求しているが、実現するためにはもっと強い行動が必要だ。議会でさらに追求する」と訴え、羽咋市の浅野俊二市議は「6.23は県民の4分の3が犠牲になった沖縄戦慰霊の日。辺野古新基地建設などこれ以上安倍政権の暴走を許してはならない」訴えました。
 この後、参加者は原発正門、海側ゲートへのデモ行進に移り、「志賀原発は廃炉に!再稼動絶対反対」と力強くシュプレヒコールをぶつけました。



■七尾では170名が参加して「児玉純一さん講演会」

 また4月30日、「のとじょねっと」が主催して下記の講演会が行われました。↓5.1北陸中日





















  再稼動に固執することが2期連続赤字の原因だ!
     98名=10万1900株で5回目の株主提案

 
 6月27日富山市の北電本店で株主総会が開かれました。これに対し脱原発株主の会は9時より、北電本店前での株主へのチラシ配布・街頭アピールを行いました。(20名参加。命のネットは3名参加) 今回は「志賀原発を廃炉に!訴訟原告団」も株主向けのチラシを作製配布し応援。

<10時開会から2時間36分の攻防>

 再稼働一辺倒の北電経営陣に対し、経営責任を問う前半13名と多数の質問・動議が立ちました。中でも、「志賀原発の安全対策費1千億円台の後半(北電の表現)や、発電しない志賀原発に毎年約500億円掛かるなどが、2期にわたる赤字の原因で、結果今年の電気料金値上げに至ったのでは」と言う質問は、説得力を持って受け止められたのではと思いました。また脱原発株主の会でない株主も、無配に対する経営責任追及の質問も複数あり、納得せず追及した1人が、黒服の男に取り囲まれ退場させられるという乱暴な運営でした。
2014年に48名3万3200株で株主議案を提出してから5回目の今年は98名(10万1900株)の共同で「原発事業からの全面撤退」「エネルギーシフト推進本部の設置」「廃炉本部の設置」「再処理からの撤退」「相談役、顧問、参与の廃止」「役員報酬等の個別開示」の6議案を提出しました、質疑応答の中で、石黒副社長の暴言「廃炉はいますぐという予定なし、廃炉はいずれ、300年後500年後という話ではない」は、原子力本部長の立場からも許せないものでした。
 これら6議案は否決されましたが、毎年出し続けることに大きな意義があると思います、原発を持つ9電力全てに「株主議案」が提出されている今、「株主の権利の乱用を防ぐ」という理由で、法律を変え、株主提案のハードルを上げるなどの動きがあります、注視が必要です。

【いっしょにやりませんか】

 総会が終わった後すぐ、投票された「議決権行使書」を閲覧し、書き写しの作業があります、人手が不足しています、スタッフや株主を募集しております、志賀原発を廃炉にするためにできることはたくさんあります、一緒にやりませんか。
●林秀樹・北陸電力と共に脱原発をすすめる株主の会☎076-241-9068●

▼京都市長も脱原発提案をしているのに―金沢市議会でも追及-同会では、株主総会に先立ち、209万余の北電株を有する金沢市に対し森、山本、熊野金沢市議も同席し脱原発議案に賛同するよう要請しました。しかし、市は北電に同調しおまけに欠席。6月29日の市議会では熊野市議が京都市長は関電総会に出席して脱原発提案をしているのに!と山野市長の姿勢を厳しく追及しました。【編集部付記】



<「水」を忘れていませんか!>

水力発電 192.1万kw 131ヵ所
火力発電 440.0万kw  6ヵ所
原  発 174.6万kw  1カ所
再生エネ  0.8万kw 6ヵ所
小計 807.5万kw
他社受電 117.6万kw  
 総計 925.1万kw



【各地の便り】で、酒井緑さんが「なんか、本当におかしな日本ですね…」と慨嘆していますが、私はエネルギー問題で同じ思いを痛感させられます。
 日本には昔から世界に誇る再生エネルギーがあります。いうまでもなく水力です。北電の電源構成を見て下さい。再生エネルギーは0.8万kwにすぎませんが、水力発電は192万kwで原発を大きく上回っています。3.11後は原発に代わってベース電源の役割をしっかり果たしてきました。北電自身も昨年値上げするまでは「安価な水力のお蔭で9電力の中では低額の電力料金でやってこれた」と述べています。さらに17年3月には、もう巨大ダムの時代ではなく中小水力に注力して水力発電を倍増すると発表しています。水力を主体にした再生エネ中心の電力会社として立派にやっていける筈なのです。
 それがなぜ突然値上げになったのか?原発再稼動に固執して2000億円とも予想される安全対策の工事費用、原子力規制委員会から求められる直下断層のトンネル掘削、ボーリング等の調査費用、7年以上も電気をつくらなかった1,2号機の維持費用などの返済に迫られているからです。もう北電は廃炉を決断するしかないのです。(下図:18年5月13日付北陸中日新聞より)

ここで水力発電の優位性を改めて指摘しておきます。
①日本の風土に合った最も優良廉価な再生エネルギーであり、長い実績を持っていること。30年以上前から北電自身がPR誌で「完全無人化」(人件費ゼロ)を誇っています。
②さらに他の電源に比べ、非常に短い時間=5分程度で起動できる利点があること。従って受給変化に素早く対応でき、1日24時間の変化にも対応できます。火力の比ではありません。
③環境破壊のマイナスも多いダムとの関連では、早くから「ダム中止」を訴えていた国土交通省河川局長だった竹村幸太郎さんが中小水力の活用を訴えています。この点に限れば、北電も同じ方針を発表しているのです。
④また再生エネルギー発電がこれ以上増えるのを阻止するため、送電線の空きがあるのに原発再稼動を当て込んで満杯だと嫌がらせをしていることも分かってきました。実はダムは活用されていません。大半のダムは保水能力の半分程度に抑えられています。保水能力分を溜めれば、発電力は倍増します。むろん、増水が予想されるときは早めに放流するのです。


 3.11から7年が経ちましたが、原発安全神話は原発に反対する私たちの中にも、未だなお強く生き延びています。下図(*注―水力は再生エネに含まれる)を見ればわかるように、このままいけば日本は世界の流れから大きく取り残されてしまいます。志賀原発を廃炉にするためにも、日本の素晴らしい風土に目をしっかりと目をむけましょう。 <タナカ記>

<各地のたより>
(金沢市・酒井 緑さん)先日の裁判=3月26日、志賀1・2号機差止め訴訟第26回公判=はひどかったです。裁判長ってこんなものなんですかネ・・・私でもやれるぞ!と腹が立ちました。「規制委員会の判断を待ってから判決に臨むのが妥当」と裁判長はちょっと下向き加減で言ったのです。顔を上げれませんよね。「民事裁判としての意見」として判決を出すのが仕事のハズではないのか?!呆れるやら、情けないやら…でした。なんか、本当におかしな日本ですネ―。
 志賀に原発が来る!…と赤住や西海漁協の人々と共に村の1軒1軒へビラを入れるのを手伝ったり、更地の建設予定地から日本海を見渡したり、崖を下りて海へ入って海の虫に刺されたり…。なんとしても昔のような海へ山野へ戻しましょう。
 70才を過ぎると足も腰も敏速に動かなくなってきていますが、やれることをゆっくりですがやって行く心算でいます。一昨年車を手放してから志賀へ向かうことがなくなりましたが、6月の平和行進にはぜひ行きたいと思っています。4.11記。
(金沢市・石川泰子さん)太陽、風、火山、大雨、雷etc・・巨大な自然のエネルギーを利用することは出来ないのでしょうか。1日でも早い廃炉を願っています。
(芦屋市・大田美智子さん)前号の写真特集「34年前の志賀現地」~『能登原発』ーなつかしい響き。なつかしい橋さんとむしろ旗の写真、ありがとうございました。主人が描いた88年夏の現地の油絵、1人になっても捨てられずにいます。
(町田市・篠田修一さん)命のネット通信№50を拝読しました。34年前の志賀現地-「樋口健二さん写真展」の記事を見て、その当時、私も志賀町を歩いたことを想い出し、久しぶりに樋口健二写真集『原発』を開いて見ました。故人になられた久米三四郎さん、高木仁三郎さん、丸木俊さんらの文章を再読すると悲しさと怒りが甦ってきました。
 現地の皆様に苦労をかけていることを申し訳なく思う次第です。80才を超え人生の終わりに近づいていますが、何とか生きている時に廃炉が実現されることを願う次第です。ヒマ老人とはいえ怒りは失っていません。
(泉南生協・笠原さん)通信48号「ピースサイクル・ラストラン特集」に「末田一秀さん」の写真を見つけました。昔、核燃料輸送監視ネットワークの活動をいっしょにやった仲間です。大阪の熊取町で製造された核燃料(*加圧水型原発用)がどんな経路で運ばれるのかを夜中に追跡していました。元気そうで何よりです。
・―――――――――――――――――――――――――――・
<編集後記> ●神戸市東灘区の道淵悦子さんから歌集『空のようなもの』が贈られてきました。2005年発行の『潮汐』につづく第2歌集です。
「いつの世も玉石混淆ただ玉になりたくはない石だってある」「屈服にあらずよ雷を受けとめる熱情ありて裂けし杉の木」「群れとして生きゆくもよし羊雲はぐれたひとつは羊にあらず」「芝居だと言えば解りよきものを“劇場型”と詐欺を名づけて」「送電線は山駆け上がり消えたれば遠く若狭につながっている」など04年から17年までの作品を集めています。発行所は梧葉出版☎03-5215-1336。


<NO.50 2018年3月20日発行>

30余名が参加し-羽咋、志賀、かほく、七鹿、珠洲、輪島、富山
 命のネット第18回定期総会を開催!

 3.11フクシマ7周年をひかえた2月24日、命のネットワークは羽咋・志賀・かほく・七鹿・珠洲・輪島・富山など各地から30余名が参加し羽咋労働会館2階ホールで第18回定期総会を開催しました。
 経過報告では、①7月に羽咋市、七尾市、中能登町、志賀町に対し「志賀原発の廃炉を北電に求めるよう」要請行動を行なった(延べ50人出席参加)、②3~10月に風船上げ行動を実施したことなどが報告され、併せて17年度決算報告も承認されました(P6参照)。              
 方針では①10月に旧会員へのヨウ素剤を更新配布(434人分)、②空間線量計の更新を進める、③自治体要請行動を実施する、④再稼動阻止ネットに結集し全国の―とくに大飯、高浜、東海原発の再稼動に反対する行動に連帯する、⑤風船上げ月例行動を継続して実施する、⑥看板の新規設置に努力することなどを決めました。役員については、盛田正代表以下全員の継続が決まりました。
 2018年も脱原発・志賀原発廃炉にむけ全力を上げます。

◆34年前の志賀現地―「樋口健二さん写真展」も同時開催!


 総会終了後、引続いて1階展示室で「樋口健二さん写真展」も同時開催されました。まず、訂正とお詫びをしておかねばなりません。
 通信前号と案内ハガキでは写真展テーマを「30年前の志賀現地」としましたが、左の展示写真を見ればすぐお分かりのように、小屋はプレハブ作りで、大看板も小屋の前面に立てられています。
 現在の団結小屋は潮風でボロボロになったプレハブ小屋を撤去し85年に木造瓦葺きに改築。大看板も壁面にとりつけられました。樋口さんが撮影されたのは小屋改築以前の84年夏でした。88年の11月大集合当時の写真(参加者撮影)も10数枚展示したので、混同してしまいました。先の決算報告の誤りに続く不注意と誤りで、誠に申し訳ない次第です。「34年前の志賀現地」と訂正し、お詫びいたします。

◆毎土日、団結小屋に泊り込み現地行動! 


 樋口さんが撮影に訪れた84年夏当時は、県が西海漁協を屈服させ同年3月から肩代わり海洋調査を強行し、私たちは団結小屋に泊り込み調査への監視活動と日常的な地元対策・宣伝活動を行なっていたときです。(展示モノクロ写真16枚)
-団結小屋の夜-*         
 *ランプの灯のもとで語り合う。土日、祝日の泊り込みは約5年間
  (83~88年)続き、参加者はのべ5百人を超えた。


◆ 準備工事と本格着工に対抗して!


 また、88年当時は炉心設置許可が出る以前から北電が準備工事を開始しており(敷地造成、港湾施設建設など)、私たちは6月大集合で半日にわたり4百名が富山本社包囲・座込み、11月大集合では7百名が泊りがけで2日間の現地行動。だが年末12月1日には本格着工へ。本当に激動の年でした。(展示カラー写真14枚)

◆美しい郷土と子どもたちの未来を守ろう! 


 参加者は総会終了後、写真に見入りながらそれぞれ当時を振り返り、語り合っていました。故・橋菊太郎さんの一途な姿を改めて拝見し、懐かしさと無念の思いを禁じえません。また、3.11後に参加された方々には、「美しい郷土と子どもたちの未来を守ろう」という団結小屋や赤住現地の生々しい息吹きの一端を感じ取っていただけたのではないでしょうか。




 ●志賀町のとこやさん
  宮武 繁さんの逝去を悼む

  昨年末から入院されていた志賀町高浜の宮武 繁さんが1月15日、逝去されました。享年67才でした。
宮武さんは志賀町の中心街、高浜バスターミナルの側で「とこやさん」を営業してこられました。お店の棚には放射線測定器「たんぽぽ」が置かれ、お客さんには放射線量がすぐ分かるようになっていました。立地町のど真ん中で堂々と北電監視の姿を毎日示してこられたのです。
 珠洲が原発立地を断念させたのに、志賀原発は、なぜ立地を許してしまったのか?珠洲は蛸島漁協と真宗大谷派寺院が頑張っただけでなく、やはり市民が全地区で立ち上がったことが断念に追い込んだ最大の力です。
 一方、志賀は「海の西海、土地の赤住」と言われたように、西海漁協と赤住の地権者が運動の大半を担っていました。町民全体の運動にはならなかったのです。真宗大谷派も北吉田と米浜の2つの寺にとどまりました。

 ◆40人の町長交渉⇒全町署名⇒自主避難訓練


 しかし、諦めるわけにはいきません。そこで知恵を絞って考え付いたのが「原子力防災の全面見直しを求める」運動です。町民が黙ってしまうのが一番危険でした。91年5月、核燃料の初搬入がささやかれる中で、ようやく町民の不安も高まり、40人を超える父母が町長交渉に立ち上がったのです。中心になったのは宮武さんご夫婦と友人たちです。店には自分で購入した放射線測定器「たんぽぽ」が置かれました。
 9月には、「志賀町父母の会」による原子力防災見直しを求める全町署名が始まります。宮武さん宅の車庫を拠点にして毎晩、百前後の志賀町各地区へ署名に入ったことを思い出します。しかし、町議会は4200人の署名と請願を否決しました。試運転が迫ってきます。次に宮武さんたちが考えたのは全国でも初の町民自身による「自主避難訓練」でした。
 上の写真のとおり92年10月、志賀町民100家族2百人が自家用車とバスで羽咋市役所体育館まで避難するという行動です。測定班、志賀センターの配置などが行われました。防災計画見直し求めてきた私たちも全力でとりくみ協力しました。これを機に、94年-4百人が金沢へ、96年-6百人が県境を越え氷見市へ避難する自主避難訓練が実施されたのです。

 ◆測定班の大切な1人―“地の塩”として生きる


 その後も命のネットの大事な活動の一つ=測定班の活動に加わってくれました。仕事がら月曜が休みで土日は動けないため、顔を知らない人も多かったのではないでしょうか。毎日テレビの気象予報士・森朗さんそっくりの若々しい顔と声。それだけに余りに早い逝去は当初信じられず口惜しい限りです。志賀原発と言えば、橋菊太郎さん(赤住)川辺 茂さん(西海漁協)と言われますが、原子力防災をハドメにと頑張ってきた私たちにとり忘れられない人です。“地の塩”ともいうべき御生涯を偲び、心からご冥福を祈念いたします。 合掌       (タナカ記)


 北電ウオッチング-その④


 納入された設備と機器のリスクも加わった!

 活断層が炉心部直下や施設内外に走っていること、臨界事故隠しに象徴される隠ぺい体質、初歩的ミスを重ねてきた運転・管理能力(そのおかげで3.11当日、1号機・2号機とも止まっていたのですが)。これに加え、新たなリスクがまた増えました。
 そもそも北電が原発を作ったわけではありません。ゼネコンと多くの企業が納入した設備と機器で原発はできています。今回は2号機の問題ですが、1号機も大谷製鉄のJIS違反鉄筋を基礎部分に使っているのに、強引に建設を強行しました。
 これだけリスクを重ねても、原発は大切と言うのでしょうか?一刻も早く廃炉を決断すべきです。

★株価が示す⇒
原発に未来なし!


 日銀・黒田バブルの結果、国民生活と実体経済とは逆に異常な株高が続いています。しかし、電力株では株本来の動きが冷厳に示されています。
 北電の株価はこの20年間に2100円⇒1800円⇒1500円⇒1000円、現在は850円前後と長期継続して低落し続けています。
 「原発に未来なし!」-左記事の電力需給の問題も、もちろん大きく反映しています。
重ねて言います。北電は一刻も早く決断せよ、と。


 <17年度統一測定データの報告>

   17年4月  7月  10月  18年1月
 宝達志水町 3   3  3
 志賀町高浜  2  2  2  2
 中能登町金丸  4  4  4  3
 中能登町良川  3  2  2  2
 七尾市大津  2  2  2  2
 七尾市中島  2  2  2  2

★PDM(積算線量計)測定結果

 統一測定日の二日前にスイッチオン。48時間の積算放射線量を表示する。
 表示単位はマイクロシーベルト。




<7年目の3/11の朝に思う>

「隠れ病む人々と生きる。小浜・妙通寺 中嶌哲演」

 編集後記を記している今日は、7年目の3月11日。早朝5~6時、NHKの「心の時代」で冒頭の放映を見た。かつて中嶌さんが托鉢の傍ら手渡していた個人紙『鈴声』に掲載された短歌「死ぬる気で出征したる故郷に隠れ病む身となりて帰りぬ」から付けられた番組名である。
●中嶌さんは小浜に住むヒロシマ・ナガサキの被爆者をさがす中で、召集され広島の師団に配属されている時に被爆した方と語り合い、この歌を知ったという。戦死は免れたが、いまはヒバクシャと知られることにおびえながら暮らしているというのである。米軍は膨大な調査を行ったが救済や治療のためではない。核兵器の効果を知るのと核戦争時の対応のためである。日本政府と医療関係者はそれに唯々諾々と従ったことは今明らかとなっている。
●ヒロシマ、ナガサキは繰り返された 61年後の「3.11」でも全く同じことが繰り返された。甲状腺がんが191人も確認されても政府と医療専門家は「原発事故とは関係ない」とのたまう。調査対象者38万人に及ぶ幼児・青少年とその家族は「隠れ病む」ことを余儀なくされている。前号の後記で紹介した俳句「フクシマよ埋めても埋めても葱匂う」を改めて思わざるをえない。
●今も7万人をこえる避難者、そして2万人の「英雄」も 今なお避難生活を強いられている7万人を越す人々も隠れ病むことを強いられている。前日の放送では、事故後の被ばく労働に従事した「2万人の英雄」の実状が放映された。2万人のうち大半の人が「国、電力には期待できない」と医療調査すら受けていないと言う。これが原子力ムラの悲惨な実状である。なかったことにさせてはならない。記憶のたたかいを避けてはならない。 <タナカ記>


<18年度会費納入のお願い>

 2月24日、第18回定期総会が開催され、17年度決算報告も承認されました。みなさまのご協力により、高浜や大飯原発再稼動反対行動への旅費、ヨウ素剤など多くの出費がありましたが、それに対応する会費納入やカンパがあって17年度も黒字で乗り切ることができました。心から感謝いたします。
 昨年の運動を引き継ぎ、命のネットワークの運動をさらに広げ、志賀原発の再稼働阻止・脱原発社会実現へ活動をすすめることが必要です。このためにも18年度会費の早期納入を新加入者の方をふくめ、ぜひともよろしくお願いいたします。
         記

◆すでに納入頂いた方には、郵便振込用紙を入れておりません。
◆会費は原子力立地給付金の出ている地域を除き、年2,000円です。
◆労金の自動振り込み払いの方を除き、下記のいずれかへ振り込み下さい。
 ◎郵便振込口座 00790-6-19989  命のネットワーク
 ◎北陸労働金庫羽咋支店 普通預金口座 2917732 命のネットワーク
◆行き違いになりましたらお許し下さい


<NO.49 2017年12月20日発行>

 核のゴミふやすな、運ぶな、押しつけるな!
  喉もと過ぎれば?早くも復活!原子力ムラ


 原発の高レベル放射性廃棄物の最終処分地候補地絞り込みと称して、経産省とNUMO(原子力発電環境整備機構)が住民向けに開いた意見交換会で、広報業務を委託された会社が学生に日当や謝礼、サークル活動への便宜供与を持ちかけ、会への動員を行なっていたことが11月14日、発覚。NUMOは同日、慌てて記者会見しました。

◆やっぱりお手盛りで「最終処分候補地」説明会

 政府は今年7月、高レベル廃棄物(核のゴミ)処分地となりうる地域を日本地図上で示した「科学的特性?マップ」を発表。自治体や住民への説明をすすめています。もちろん調査に応じた自治体はなく、住民の反対も強くて難航しています。その中で事態は発覚しました。
これまで原発建設をめぐる第1次、第2次ヒアリング、事故や不祥事に関わる多くの説明会で、電力会社は関連業者を動員するお手盛り説明会を重ねました。原子力政策をめぐる意見公募でも社員や業者にお手盛りの意見提出を指示してきたのは周知のとおりです。
今回発覚したのは、埼玉、東京、愛知、大阪、兵庫での学生39人への働きかけですが、「3.11フクシマ」の後でも国の原子力政策にたかる多くの関連業界の存在と原子力ムラの体質は極めて強固であることが明らかになっています。むろん費用はすべて税金と電気料金です。

◆背景に溜まり続ける核のゴミと青森再処理工場の破綻

 実は「3.11」以前から多くの原発で核のゴミは溜まり続けており、早晩、原発の稼働ができない事態が来るからです。核燃料サイクルの核心=青森の再処理工場も政府は先日、完成を3年先に延長と発表しました。着手以来、何と24年になります。事故続きで本格稼働できず、核のゴミを運び込めないからです。
原発1年分の放射能を1日で出す!再処理工場。これを含め核燃料サイクル事業をこのまま続ければ、20兆円以上の巨費が無駄に浪費されることも確実になっています。青森県は政府に対し、「核のゴミ引き受けはあくまで再処理工場運転のためであって、永久受入れではなかったはず。早く最終処分地を決め、約束を守れ」と求めています。そのため政府は核のゴミ最終処分地決定に努力しているポーズを示すというのが候補地探しの背景にあります。
◆核のゴミは動かすな!直接処分し発生者責任で管理せよ!

 最終処分地に反対するだけでは、こうした事態を止めることはできません。原因はすべて、原発が「トイレなきマンション」であるからです。核のゴミは他の場所に、そして時間的には何万年も子々孫々に押しつけようとしているからです。原発立地市町は青森に、青森はどこか最終処分候補地に、いうわけです。一時はモンゴルに、という話もありました。
 最悪の本音を語ったのは、志賀原発建設以前(83年1月)に志賀町を訪れ講演した高木・敦賀市長です。-「そのかわり、百年たってカタワが生まれてくるやら、50年後に生まれた子どもが全部カタワになるやら、それは分かりませんよ。分かりませんけど、今の段階ではおやりになった方がよい。いつまでも心配する時代ではない」(会場―笑)――そして28年後、福島は公認されただけでも甲状腺がん191人、事故関連死2千人以上、周辺8町村は大半がもう自治体として成り立たず、広域合併が必至となっています。

◆再処理は最悪の選択!まず青森への押しつけ止めよ!

 「核のゴミは動かすな。発生者責任で直接処分し永久管理すること」です。
核のゴミは、まず青森県民への押し付けを止めさせることが先決です。高レベル廃棄物の再処理⇒核燃料サイクルは最悪の選択です。英国の再処理工場周辺40㌔が放射能汚染で立入り禁止になっているように、危険性は原発の数百倍にもなるからです。それだけに、まず青森への押しつけをやめることが第一です。さらに英仏からは原爆数百発に当たるプルトニウムを含んだ高レベル廃棄物も返還されてくるのです。
また、最終処分地の設定は、たとえ再処理を止めて直接処分に変えたとしても、ツケを押しつける所を増やすことに変わりはありません。おまけに地中処分ですから、地震国日本で正気の沙汰とは思えません。ここでも阪神淡路大震災、中越沖地震、東日本大震災の教訓は無視です。本当の狙いは住民・国民の目の届かない所に隠しておきたいからです。全国どこでも反対されるのは当然です。ツケは何よりも発生責任者=各電力と国がとるべきです。


 18年は脱原発
 ワンちゃんの年に


      みな様もよいお年を!




  大飯原発動かすな!
    熱気あふれる12.3現地集会


 12月3日、関西電力大飯原発のある大飯町で「大飯原発動かすな!現地全国集会」が開催され、私たち「命のネットワーク」も車に相乗りするなどしてこれに参加した。羽咋からの3名以外にも石川、富山からの参加者も何人か見かける。
 願ってもない青空の下、関西方面を中心に全国から駆けつけた500名に及ぶ参加者で、会場の総合町民センター大ホールは熱気に包まれた。折から神戸製鋼がデータを改ざんした部材が大飯原発にも使用されていることから、再稼働予定の延期が報じられたばかり。
 参加者からは、「関電は電気が売れずに困っている。もう廃炉にするしかない」「避難計画をあいまいにしたままでの再稼働強行は許せない!」「関電や政府を震え上がらせるような行動を!」と力強い発言やアピールが続いた。最後に「あらゆる手段を駆使して、粘り強く原発全廃を勝ち取ろう!」という集会決議を採択して町内のデモ行進に移った。  
(写真右⇒石川、富山の参加者たち)

 ◆大飯町民の対応も大きく変わった

 暖かな午後の日差しを浴びながら、シュプレヒコールを唱和する。古びた趣のある家並みを通ると、玄関先に出てきて子供たちと一緒に手を振る人、路地の奥からわざわざデモの列に近づいてきて、何度もうなづいているおばあさんもいた。
現地の人々の反対運動への対し方がこの数年で大きく変わってきていることを実感する。これからも大飯・高浜の再稼働に反対する人々との連帯と連携をさらに深めていきたいと、暮れていく帰りの景色に見とれながら思った。(富山・藤岡彰弘)

●若狭湾の東西8市町、滋賀県各地からも多数参加!

 本集会を主催したのは、関西の若狭の原発を考える会、サヨナラ原発福井ネット、原発反対福井県民会議などです。京都府宮津市・舞鶴市、福井県高浜町、大飯町、小浜市、若狭町、美浜町敦賀市など若狭湾東西の8市町と琵琶湖を取り巻く滋賀県各地から参加していたことが注目されます。再々稼動をひかえ「わが町も地元!」という運動は広がっています。
 首都圏をはじめ命のネットワーク、若狭の原発を考える会なども加盟する再稼動阻止全国ネットワークは、全国各地から前泊して「全国相談会」に参加。九電、四電、関電の再稼動を許さないとりくみを話し合い、3日午後からの集会に臨みました。<編集部附記>



     追い詰められた北電
  もう廃炉を決断するしかない!

1.突然の電気料金値上げ発表
 

 10月30日、北陸電力は突然、来年4月からの電気料金の値上げを検討すると発表した。対象となるのは大工場やオール電化の家庭など全体の2割に及ぶ。こんな大巾な値上げは1980年の第2次石油ショック以来38年ぶり。北電の説明では、営業利益が3年連続で減り、純利益も2年連続で減少しており、18年3月期の業績見通しを30億円の赤字と予想したからだという。最終赤字はこれで2年連続で、株主への配当も年間無配とした。いったい北電に何が起きているのか。
北電は、この夏に大型火力発電所2基(七尾大田火力2号機70万KW 敦賀火力2号機70万KW―いずれも北電の最大石炭火力発電所)を定期点検で停止させた。そのため石油燃料費が増加したこと、石炭火力の修繕費がかさんだことを減益の要因として説明している。しかしこの説明は、以下のようにまったく了解できるものではない。

2.原発の「安全対策」工事や断層調査費用はどうなった?

 北電の説明から全く抜け落ちているのが志賀原発に関する費用だ。1500億円とも2000億円ともいわれる津波等への「安全対策」工事の費用、原子力規制委員会から求められている建屋直下の断層(いまだに北電はこれをシームとよんでいる)に関わるトンネル掘削や多数のボーリング等の調査費用、さらにはこの6年半1ワットも生み出さないままの「最新最大最高」の電源施設の維持管理費用、宣伝費用等々、その総計はいったいどれほどの金額に達しているのか?この間一度もその説明はない。
 北電は毎月のように100億円、150億円と社債を発行して、志賀原発の費用に充てているようだが、これらは借金であり、償還すべき時が今後つぎつぎと迫ってくることはいうまでもない。実際、料金値上げを発表したその翌々日、100億円の機関投資家向け15年社債の発行が報じられている。料金値上げのさい、これらの社債をどう返済していくのか、まずその説明があってしかるべきだろう。それもせず、値上げした料金で黙って借金の穴埋めをしようとすることは絶対に許されない。

3,大型火力2基停止してなお余る電力

 次に北電の説明で、全く理屈に合わないのが、2基の大型火力をわざわざ同時に定期点検したことだ。北電等各電力会社は、複数の火力発電所が何らかのトラブルで停止すると電力供給に重大な事態を及ぼすことになる、だからなるべく早く原発を動かさなければならないと、言い続けてきた。
 ところが、北電はこの3月12日から敦賀2号機を、そしてその2週間後の4月1日から七尾大田2号機を相次いで定期検査入りさせた。終了予定は両方とも7月9日、もし点検で不都合が見つかれば最大電力需要期に70万KWの電力が活かせないことになる。案の定、七尾大田の方でボイラー管に損傷が見つかり補修工事に、敦賀2号もボイラーの追加点検に入った。結局、敦賀2号は7月12日に運転再開したが、両機がようやく揃ったのは7月26日だった。この夏北電が記録した最大電力供給日は7月21日。七尾大田2号機は完全停止中、にもかかわらず供給予備率は14.7%もあったという。
 一体どれだけ電気は余っているのか?!北電担当者の弁はこうだ。「志賀原発が止まっている中、火力発電所などでトラブルが起きれば逼迫した需給状況になる。設備の保守点検の確実な実施などに努めたい」(9.23日北陸中日新聞)これにはもう唖然とするばかりだ。
 こうなると、赤字の理由をこしらえるために、わざと大型火力の補修に持ち込んだのではないかと勘繰りたくなる。北電は、原発はもちろん、地球温暖化に「貢献」する石炭火力への依存ももうやめるべきだ。この夏に起こった(というより意図的に起こした)大型石炭火電2基停止という事態からすればそれが当然ではないか。

4,廃炉が遅れれば,破綻は大きくなるばかり

 要するに北電の現状は、売り先のない電気がダブついたまま、原発関連の借金だけが増えていく、その事態になんら有効な手を打てずとうとう料金値上げに踏み込んでしまったのである。とすれば、なるべく早期に原発の廃炉を決断するしかないではないか。廃炉を先延ばしにしても原発関連の負債はふくらんでいくばかりで、やがては東芝のように破綻をきたすのは目に見えている。
 そして破たんした時、結局そのツケは住民に回されていくことになるのではないか。私たちはそのことを懸念している。すでに東京電力の、経営的に破たんしながらなお原発に固執し住民への補償と賠償をきちんと果たそうとしない醜悪な姿を、いやというほど目にしているからだ。
 志賀原発廃炉をためらい続ける北電に対し、即時廃炉を求める周辺自治体からの声をますます強めていかなければと思う。原発破綻の共倒れは御免だ! (富山市・藤岡彰弘)




 第18回命のネット総会にご参加ください!
  樋口健二さん写真展「志賀現地に生きる人々」も同時開催



     ◎と き 18年2月24日(土)13時~
     ◎ところ 羽咋労働会館2階ホール&1階展示室(写真展)


 前回総会で新体制が発足し、新年を迎えます。この1年間、志賀町・羽咋市・七尾市・中能登町への志賀原発廃炉の申入れ、そして関電の高浜、大飯などの再稼動に反対する現地行動にも参加してきました。18年度の行動に備えるため,ぜひ会員のみなさんのご参加をお願い致します。(写真は樋口さん⇒)

★展示写真は、樋口さんが志賀原発の予定地と団結小屋に集う人々をぜひ撮影したいと現地を訪れた時のもの。当時、海岸線はまだ以前のままでしたが、設置許可も出ていないのに準備工事が強行され、私たちは団結小屋に土日泊り込みで監視・抗議していました。

【樋口健二さんの略歴】1937年3月、長野県生まれ。東京総合写真専門学校卒。同行の助手を経てフリーカメラマンに。60年代より公害、労働災害、環境汚染等の問題を追う。87年、ニューヨークでの第1回核被害者世界大会で日本の原発被曝の実態を報告。よりまた同年より世界核写真家ギルド展に「原発」を出展し、欧州各地でも写真展が開催される。
 95年、英国の公共TV局チャンネル4のリポーターとして「隠された被ばく労働~日本の原発労働者」を取材。2013年、NHK取材により「樋口健二~原発・被ばく労働者を撮影し続けてきたフォトジャーナリスト」として全国放送される。




■各地のたより 

◆安倍が総理であることこそ「国難」!

 私はそれなりの加齢と付き合いながら、昔のことを思うとあまり元気でありません。でもまあ活動の範囲を狭めながらも、そこそこやっております。ところで、今回の選挙でNHKの調査によると、安倍首相は「北朝鮮」という言葉を、演説の中では一番多く使ったそうですが、私は彼が総理であることこそ彼の言う「国難」だと思います。(「国難」なんて、何と彼が生まれてもいない戦時中の言葉)
 もともと小国の「北朝鮮」が核やミサイル開発に走った原因は、超大国アメリカの核の脅しにさらされ続けたことにあり、このところの緊張の主軸は「米・朝」にあるのであって、日本がいたずらに北朝鮮の脅威をあおるべきではありません。外敵をつくって国論の総動員、憲法の改悪、軍備増強の狙いがみえみえです。

 ◆安倍はトランプとの仲良しぶりを示して北朝鮮への“制裁強化同盟”を図るのではなく、朝鮮戦争の後片付けとして平和協定締結のため交渉のテーブルに着くよう、トランプに提言すべきだと私は思います。しかし、残念ながらこの国の世論は「北朝鮮脅威論」に席巻されているように思われてなりません。特に若者の、その傾向はとても心配です。
 ところで私たちは「明治150年」を先取りして、近・現代史学習会を参加者相互の報告で月1回・3年ほど続けてきたのですが、その中に在日朝鮮人の方も加わって意見を下さっています。私はこの国の近・現代史を考える場合、朝鮮半島を抜きには考えられないということに気づきました。この度、その学習会の中での報告を参加者の一人が、山口市内で発行している『反戦情報』誌に紹介し、同誌編集部が9月号と10月号で取り上げました。それをコピーしたものをお送りする次第です。ご参考になさって下さい。(興味ある方は編集部まで)

 ◆上関原発計画は3.11で埋め立て準備工事が止まったまま、今のところ再開はありません。計画浮上以来35年経ちました。息の根が止まっているわけではありませんが、今回のエネルギー基本計画で国が「原発の新増設」をどう位置付けるか、その辺がカギかなと思っています。それでは皆様、どうぞお元気で。ご活躍を祈ります。
(下関市・沢村和世)  ⇒右写真は05年6月、海底土ボーリング調査する台船を取り囲み阻止する祝島漁船団。
・―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――・
●沖縄では号外が出た墜落事故。オスプレイにつづく事故です。そして、下の11.26朝日新聞の天声人語。辺野古の暴挙は今も連日続いています。マスコミ報道の無視・変更は驚くばかりです。注視と支援を!

















 視点・論点 北朝鮮の「挑発」?まず基本の事実を知って!

 先の総選挙結果は、憲法違反の疑いが強い首相の恣意的専権的な解散権行使と野党の分散から、投票を待つまでもなく予想できた。しかし、「北朝鮮の脅威」論が多くの国民に浸透していることも大きく影響していた。本当に戦争になれば、米ソ冷戦下で行われた「朝鮮戦争」のようには済まない。韓国だけでなく、沖縄、日本の大被害は必至である。その覚悟は勿論ないから、麻生副総理の「北朝鮮のおかげ」などという不謹慎極まる本音が漏れるのである。

 ◆核と弾道ミサイル保持は北朝鮮の根幹方針

 同時に、必ず「北朝鮮の挑発」という枕詞の付くメディアの報道が大きな問題である。歴史的事実と今の現実を全く伝えず、「脅威」を煽っているだけだからである。
 第一に、これだけ米朝対立が続くのは朝鮮戦争がまだ終わっていず、あくまで「休戦」のままだからである。本当に平和解決を望むなら、「平和協定の締結」が必要である。そのための真剣な努力をせず、脅威を煽り続けるなら、いつ暴発するか分からない危険な現実が米朝双方にある。日米同盟と安保法制下の日本は攻撃対象なのである。
 第二に、核と弾道ミサイル開発は北朝鮮の国家の根幹方針である。一時の挑発などではない。ソ連圏崩壊後の4半世紀間、唯一の超大国になったアメリカはロシア周辺までNATOを拡大し、コソボ紛争では中国大使館まで爆撃した。恭順を誓ったリビアのカダフィ、イラクのフセインもあっさり殺されてしまった。北朝鮮が同じ運命にならなかったのは、ソウルや沖縄、東京を廃墟にできる大量破壊兵器を持っているからである。<左図は11.30北陸中日>
 本来、米国が重ねて明らかにしたように核と弾道ミサイルの保有は、その線を超えれば戦争も辞さないという「レッドライン」のはずだった。しかし、北朝鮮の対応は「もし戦争を望むなら戦争をしろ」というものであり、核実験とミサイル試験発射と戦争への対応準備は、常に同時に行われてきた。昨年5月4日には、労働新聞は≪朝中親善がいくら大事だとしても、核と交換し合うまで物乞いをする私たちではない。・・中国は私たちの忍耐心の限界を試そうとしてはならない。≫と異例の中国批判まで行っている。

 ◆「つぶやき」は騒がしいが、混沌・分裂を深めるアメリカ

昨年からの相次ぐ核・ミサイル試験は、パキスタンやイランのような初歩的レベルではなく、規模は小さいが量産され、米国と同盟国を攻撃する力があることを示している。GDPが石川県などと同程度の国なのに驚きだが、その気になれば核保有はできるのであり、北朝鮮の覚悟は本物である。「挑発」などという事態でないことを直視すべきである。
 北朝鮮の対応は明確である。戦争には戦争で対処し、交渉には「核保有国の地位で平和協定締結」交渉に臨む―労働党7回大会以降、一貫した立場である。トランプのつぶやきは騒がしいが、韓国と日本への兵器おしつけ商売と中国への「お前が何とかしろ」という丸投げだった。しかし、中国については5.4北朝鮮「労働新聞」で見たとおりである。
 この間、米国はイラク、アフガン、リビアなど弱小国に対し「劇場型の戦争」を仕掛けてきた。北朝鮮相手ではそうはいかず、核戦争に備える準備も覚悟もできていない。すでに米国の対朝鮮専門家は「北朝鮮の非核化」でなく「核保有を前提にした平和協定」を考え始めている。NYタイムス、クラッパー前国家情報局長、ガルーチ特使、とくにペリー元国防長官などである。

 ◆日本自身の主体的な外交努力を!

 今こそ日本自身の主体的外交が必要である。1970年に発効したNPT(核拡散防止条約)は今も世界的な核兵器管理の枠組みである。核を保有する米、英、仏、ソ、中国は核軍縮に誠実にとりくむこと、それ以外の国は核兵器を持たないことを約束した。しかし、誠実な努力はなくインド、パキスタン、イスラエルの核保有まで許してきた。
そのため、国連総会で120余国の努力でようやく「核兵器禁止条約」が成立したのである。「核抑止力」というが、結局、他国への脅しであり、インドとパキスタンや米国と北朝鮮の関係で分かるように、新たな核保有国を生み出してしまった。新条約はその反省でもある。
 北朝鮮の非核化はこの世界的な核廃絶への動きの中に北朝鮮を包摂することによって可能になる。被爆国日本は、その先頭に立つべきだ。戦争になれば大被害が必至なのに、この問題を政権維持のために利用し、属国丸出しで圧力一本路線に追随するのは、とても外交とはいえない。拉致被害者家族の中にも、蓮池透さん・薫さん兄弟などの声<10.15北陸中日参照>があるのを知るべきである。(文責;多名賀 哲也)



●団結小屋から北西方向を臨むと、眉のように風戸の岬が伸びています。先端の岩場の浜には、能登ピースの仲間が毎回泊まった西海の「お川」民宿、側の高台には加納作次郎文学碑が立っています(写真参照)。
 作次郎は1885年に旧西海村風戸に生まれ、早大文学部を卒業後、博文館入社。『文章世界』の主筆として翻訳や文芸時評を発表。1917年には私小説「世の中へ」で認められ小説家としても活躍しましたが、1941年に56才で死去しました。
 ピースサイクル27年間の歩みをたどりつつ一度訪問され、小川さんご夫婦による海づくしの夕食を楽しまれては如何でしょう。1泊2食6千円から。

 ●フクシマよ埋めても埋めても葱匂う
 羽咋図書館で『17音の青春2017~五七五で綴る高校生のメッセージ』(角川書店)を借りました。上記の俳句は最優秀賞5人の1人、福島西高校3年・野村モモさんの一句。福島の詩人で高校教員・中村晋さんの「フクシマよ、夭々と桃すてられる」とも通じるものがあります。選考委員の金子兜太さんは「被曝地帯の現状を勇敢に書いている作品は数が少なくなった。・・若いのに時局をふまえた句を書いた人が少なかったということで、その希少性を私は買っている」と言います。俳句の世界でも若い人の保守化が目につくのというのは残念な話ですが。しかし、「消えたくて消えたくなくて林檎噛む」<京都府洛南高校2年・柳澤悠佑>も心に残る句でした。故・大島渚監督作『青春残酷物語』の有名なシーンのような激しさがあります。大人しいだけではありません。やはり若い人たちに期待しています。  (タナカ記)


<NO.48 2017年10月10日発行>

 27年間 関西の元気印を有難う!
   最後の能登ピースサイクルと歓迎・交流

 27年間、珠洲原発建設計画と志賀原発に反対して毎年7月、20台前後の銀輪を走らせ、関西の元気印を私たちに届けてくれた「原発いらん!能登ピースサイクル」。全港湾関西地本の大型宣伝カーを先頭に大阪の郵便局員、ゼネラル石油など外資系石油の労組員、高校教員、全港湾の青年組合員らによってとりくまれてきました。
 珠洲原発建設計画反対運動と連帯しようと1990年に始まり、出発地も珠洲市蛸島でした。2003年末に計画凍結=事実上の建設断念が確定した後は、2004年夏に珠洲をウイニングラン。2005年からは、出発地も西海の小川民宿に変わり、志賀原発廃炉を訴えて西海~志賀原発~内灘~石川県庁へと走り続けてきました。

◆ はりつめし四肢と銀輪かけゆきぬ 
   海,丘,客人(まろうど)みな美しき


 能登ピースは、珠洲原発計画に反対する珠洲市民たちから熱烈な歓迎を受けました。志賀原発をめぐる当地の状況とは大きく異なります。やはり阻止できた所と許してしまった所の違いでしょうか。でも、一、二度限りの支援ではなく毎年、大変な準備とエネルギーを費やして「廃炉のときまで」と元気いっぱいに駆けつけてくる能登ピースは私たちにとって大きな励ましでした。27年間、関西の元気印を届け続けてくれたこと、本当にありがとう!
 原発の異様な姿とは対照的に、まわりの海と丘は美しく、自転車をこぐ日に焼けた関西の客人(まろうど)たちの姿もまた美しく、地元の私たちを励ましてくれるものでした。北電に対しても毎年、イヤなインパクトを与えるとりくみだったことでしょう。

◆珠洲~輪島~西海~内灘 195㌔のラストラン

 その能登ピースサイクルも、主に年齢的体力的な問題から自転車走行中の事故の危険性が増してきたため、一昨年の2015年、25回目の自転車走行をもって終了することになりました。
しかし今回、「志賀原発廃炉実現のウイニングランはできなかったが、「能登半島を非核半島に!」という各々の思いを胸に、本当に最後の自転車走行を8名の有志で実施することになったものです。
行程は24日、珠洲市蛸島の民宿「むろや」に泊。25日、蛸島漁港から珠洲原発予定地だった寺家・高屋を経て輪島へ。26日、輪島~総持寺をへて西海の民宿「お川」に泊。27日、西海~赤住団結小屋~内灘サイクリングターミナルに泊。195㌔に及ぶラストランです。
 命のネットは、27日が羽咋市議選告示日だったことやメンバーが怪我をしたため3人しか参加できませんでしたが、のとじょネットの7人が参加してくれ、ラストランにふさわしい歓迎交流会を団結小屋で持つことができました。池端憲子さんの寄稿を参照してください。また、北陸中日新聞の社会面にも写真2枚、5段組みで大きく掲載されています。(写真後列左からマネジメント役の稲岡了三さん、代表の高橋伸二さん、4人目は昨年11月に七尾で原子力防災の講演をされた末田一秀さん)

◆回りの人に話すことが一歩に

 8月27日、晴天。海も穏やかでした。能登ピースサイクルが今夏で活動を終えるというので、「御苦労様」「廃炉に向けこれからもがんばろう」と、原発横の赤住団結小屋で歓迎交流会を持ちました。
 夢生民(ムーミン、障害者たちが働く羽咋市大川町の喫茶店)のチーズケーキ、のとじょネットメンバー手作りのヨーグルトケーキ(右写真)、冷たい麦茶で楽しいひと時を過ごしました。自己紹介、それぞれの思いを話す中で、福島から避難しているⅠさん、福島への思いで涙あふれる場面もありました。
 中日新聞にピースサイクルのことが載ったので知人に「今日の新聞見てね。私、小さく写っているよ」と話しました。翌日、「新聞読んだよ。高2の孫に見せたら、宿題のテーマこれにしようって、原発のこと調べとったよ」と言うので早速、資料を渡しました。若者がこの記事をきっかけに興味を持ってくれたのはうれしいことでした。
 秋祭りの片づけ後の女子お茶会で、「福島の事故のとき、車の油なくて困っとったの見たから、できるだけ満タンにしとるよ」「いいこと聞いた。私もそうしよう」「ヨウ素剤、家においてるよ」
「へ~え、どうして?」「姉ちゃん看護師やからもらったげ」
 日々の何気ない会話の中で、政治のこと、福島のこと、原発のこと、教育のことなどなど・・・。話せることが何かの一歩につながるのかなと思います。<羽咋市・池端憲子>


■各地のたより

 私も80才を過ぎ、知力とともに体力も衰えてきています。年に1~2 回は仲間に誘われて都心の集会に参加しています。7月、2市2町に志賀原発の廃炉に向って北電に申入れをするよう要請したとのこと、現地の人々に感謝する次第です。田中良明さんの転載記事に「独裁的・強権的な国家だけが原発事業が続く」とあり、日本も含まれますね。原発再稼動の動き止まらず残念でならない。現地の皆さん元気でね。(町田市・篠田修一)


 チェルノブイリと酷似した事態が進行!
甲状腺がん191人!だが、2700人ものデータを除外 『世界』8月号


   白石 草さんの報告に注目を


 3巡目を迎えた「福島県民健康調査」で甲状腺がんが190人以上に達したことが公表され、大きな衝撃を与えました。しかし、月刊誌『世界』8月号に掲載された白石草さんの報告は、さらに深刻な事態が隠されていると訴えています。今号には、その要約を以下に掲載します。『世界』は各地の図書館にあります。ぜひ、全文を一読してみて下さい。

■調査対象の枠外で患者が見つかる

 福島事故にともない、2011年から福島県が実施している「県民健康調査」。3カ月ごとに検査結果を報告する「検討委員会」が6月5日に開かれ、新たな甲状腺がんのデータが公表された。それによると、甲状腺がんの悪性または悪性疑いと診断された子どもは191人に達し、すでに153人が手術を終えている。
 しかし、今回の検討委員会で話題の焦点となったのは、この数字そのものではない。この数字の陰に、いったい何人の甲状腺がん患者が隠れているのか、データ公表の方法に問題はないのか、この点に議論が集中した。 <中 略>

■2700人のデータを除外

 福島県の甲状腺検査では、事故当時18才以下だった県民36万人を対象に超音波検査を実施し、5㍉を超える結節(しこり)や2㌢を超える膿胞がある子どもは2次検査の対象となる。2次検査では、より詳細な超音波検査や血液検査が行われ、ガンが強く疑われる子どもは、次回の検査で穿刺(せんし)細胞診を行なうことになる。一方、何らかの所見があるものの、すぐに穿刺細胞診をしない子どもは、一般の保険診療に移行し、医師による「経過観察」が行われる。
 福島医大が公表していなかったのは、この経過観察中の患者のデータだ。これらの患者が診察の中でガンと診断されても、健康調査の枠組みから外れるため、把握も報告もしないのだという。甲状腺検査をきっかけに「経過観察」となっている患者は、これまでにのべ2700人に上る。県が発表している患者数は191人だが、これよりはるかに多い患者が埋もれている可能性があるのだ。 <中 略>

■未公表の4歳児 ⇒「放射線の影響」否定の根拠崩れる

 今回の事態が重大なのは単にデータが欠けているだけでなく、未公表症例が「事故当時4歳以下」の子どもだったことにある。<中略>重要なのは、この患者が見つかった時期だ。「検討委員会」は昨年3月、子どもの甲状腺がんの多発は「放射線の影響とは考えにくい」と結論づける「中間とりまとめ」を公表したが、その根拠となった条件のひとつが「5歳以下の子どもの発症がない」という理由だった。<中略>
 しかし、実際には、この報告書がまとめられる前に、4歳児の甲状腺がんが見つかっていたわけである。<中略>しかも「事故時5歳以下の患者」は被ばく影響を評価するうえでひじょうに重要とされてきたにもかかわらず治療にあたった医師やスタッフが、この症例を明らかにしなかったことの責任は極めて重い。

■ 急増する「経過観察症例」

 さらに指摘したいのは、この「経過観察」症例が年を追うごとに増加している点である。福島県のデータによれば、二次検査における穿刺(せんし)細胞診の施行率は年々低下し、一巡目では39.7%、2014~2015年の2巡目では15.0%、2016年から17年の3巡目では5.4%にまで減っている。
 逆に「経過観察」症例は増え、1巡目は60%だったものが、2巡目では84.9%、3巡目では94.5%と約1.5倍となっている。つまり現在では、2次検査に回った患者データのほとんどが、検討委員会に報告されない状況に陥っているのだ。<中略>
 確かに、強い痛みを伴う細胞診を子どもに施行するのは慎重であるべきとの立場は理解できる。しかし、現在のスキームでは、こうした配慮が、より小さい子供のデータにふたをする結果を招いている。県民の中には公表される数字を減らすために、恣意的に穿刺細胞診を先延ばしにしているのではないかと言った疑いの声も上がっている。

■検査縮小への道筋が・・

 検査がスタートして6年。これまで見てきたとおり「早期発見・早期治療」および「症例数の把握」という甲状腺検査の二つの目的が今、大きく揺らいでいる。県や国は、甲状腺がんが多発している原因は、見つける必要のないガンを多数診断している、いわゆる『過剰診断』によるものだとして、検査の縮小へ向けて大きく舵を切っている。
これに呼応し、福島県小児医会は昨年8月、ガンの多発が保護者の不安を招いているとして、検査の見直しなどを求める「総会声明」を県に提出した。また12月には、日本財団が主催する「放射線と健康についての福島国際専門家会議」のメンバーが内堀雅雄知事と面会し、検査の縮小を提言。最新の科学的知見を評価する国際的な会議体を設置するよう求めた。<中 略>

■「過剰診断」論の陰で

 しかし、『過剰診断』論に惑わされてはならない。実際にはチェルノブイリと酷似した深刻な事態が進行している。
その一つが手術症例の問題だ。鈴木教授が公表した手術症例によると、昨年3月までに手術を終えた145人のうち、7割以上にリンパ節転移や浸潤などがあり、複数の再発例が出ている「みつけなくてもいいガンを見つけている」とは言いがたい状況だ。
また、がんの進行の速さも懸念されている。甲状腺がんは進行が遅いと言われるが、2巡目の検査で甲状腺がんと診断された71人のうち、9割を超える65人が1巡目の検査では特に問題がなかった子どもだった。1巡目と2巡目のかんかくはわずか2年。その間に、がんが1㌢から3.5㌢まで急成長したことになる。<中略>
 このように事態は全く楽観できない。中には肺転移により治療がうまくいっていない患者もおり、医療資源の枯渇も懸念される。検査を受けたすべての患者の症例把握を早急に進めるとともに、再発・転移を含め手術後のフォローアップ・データの報告も急務である。チェルノブイリでは、国際機関の介入により、甲状腺がんの多発が被ばくによるものと結論づけられるまでに、10年を要した。日本は今、まったく同じ過ちを繰り返しつつある。


<当面する行動&集会などの予定>

◆10/15大飯原発うごかすな!関電包囲全国集会

 10月15日(日)13時~15時 関電本店前⇒靭公園へ移動 15時半、難波までデモ

◆STOP!伊方原発 高松集会
  10月21日(土)13時、高松市・JR駅前広場 15時、デモ行進 終了後~21日=全国交流会

◆もんじゅ廃炉!核燃料サイクルをとめる全国集会
  11月5日(日)13時~16時、福井市・国際交流会館         
*関電包囲集会、高松集会には代表派遣を予定。福井集会を含め、参加希望者は事務局まで連絡下さい。旅費補助あり。


 住民の目線に立った篠山市の原子力防災!
  高浜、大飯原発から45~65㌔圏にある兵庫県は丹波の篠山市。放射線の被ばくから甲状腺を守るために安定ヨウ素剤の事前配布を2016年1月末から始め、以後も1年に1回、事前配布を行っています。このとりくみは30㌔圏外の自治体では初めてのもので全国から注目されています。
 左のカットは、同市が本年7月に発行したハンドブック『原発災害にたくましく備えよう』の冒頭に掲載された見出しで、篠山市の原子力防災に対する考え方を率直・簡明に訴えています。
 第10条通報(原発で深刻な事故が発生)が深刻な事故の合図、もっと自体が深刻化すると、国から「原子力緊急事態宣言」(原災法第15条)が出て避難指示が出ることになっていますが、実際には事故の深刻さは隠され、公表と対処が遅れるのは福島事故で明らかです。
 同市はこの事実をはっきり直視して「周辺自治体に数えられていない篠山市に避難指示は出されない可能性がありますが、篠山市では市民の安全を最優先に考え、【とっとと逃げる】(早めに避難する)ことを勧めています」(P15)と明記しているのです。
 他の説明も実にリアル・具体的で分かりやすく、とくにヨウ素剤の「副作用はないの?」では、「副作用はごくわずか。インフルエンザ予防注射による深刻な副作用発生率が0.002%。安定ヨウ素剤の発生率はその20分の1です」(P21)とズバリ明示しています。同市では昨年末までに、3才~13才未満の約74%に配布しました。
 羽咋市は学校、保育所に事前配置していますが、万一の場合、即刻飲ませるか心配です。すでに羽咋市の先進的な役割は、30㌔圏外の自治体によって追い越されているのです。

■鹿児島県でも新たな動きがー

 鹿児島県では三反園知事が7月26日の定例記者会見で、30㌔圏の希望者にヨウ素剤を事前配布する方針を発表しました。次回の「原子力安全・避難計画等防災専門委員会」での議論後、県議会に提案するといいます。
 川内原発30㌔圏住民ネットは、知事が提案しやすくなるように環境づくりをしてきました。5市1町の知事あての意見書採択です。30㌔圏外も含む出水市、日置市、姶良市、長島町の陳情・意見書は自治体全域での配布を求めるもので、住民ネットは今後の議論に期待しています。(この項は、『反原発新聞』第474号、2017年9月号―3面の<川内では、いま>高木章次さんの報告を、一部表現を変えて転載しました)


<視点・論点> 北朝鮮ミサイル-避難訓練を嗤う

 お分かりと思うが、見出しの<訓練を嗤う>は桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」の借用である。しかし、メディアが伝える訓練の模様やJアラートの報道を見て、私は「嗤う」どころか怒りとぞっとする恐怖を覚えたのである。
 この訓練は原発の防災訓練と同様、実際の役には立たないどころか、全く無駄なものである。かつて北朝鮮がテポドンの試射を行なった当時なら、まだ彼らの軍事技術が未熟なため、飛行途中での解体⇒落下という事態もありえたかもしれぬ。しかし、防衛庁(当時)の役人たちは、国民に「怖い」と煽り立てながら、自分たちは納入兵器や調達物をめぐる汚職の証拠・関係資料を隠すのに必死だったことはまだ記憶に新しい。
 いま最も対策が急がれるのは、墜落や不時着事故を繰り返すオスプレイではないか。基地撤去はかなわぬまでも、国民の安全を第一に考えるなら、オスプレイの撤去・飛行停止を真剣に求めることである。宇宙空間に通信衛星や軍事飛行物があふれている時、危険を煽り立てるのは「北朝鮮は怖い。戦争もやむなし」という社会心理を作り出そうとしているとしか思えない。

 ◆第2の朝鮮戦争は絶対に起こしてはならない!

 アメリカの世論調査では「外交手段がだめなら、戦争もやむを得ない」という声が5割を超しているという。結局は「第二の朝鮮戦争」である。被害は第一に韓国人であり、米軍の想定でも50万~100万人に達する。第二は米軍基地が集中する沖縄であり、沖縄はほぼ壊滅することになるだろう。日本本土も無事では済まぬことはいうまでもない。
 もちろん、北朝鮮政権の崩壊は必至である。しかし、中国も難民の流入など深刻な事態になるだろう。もともと中国東北3省には数百万の朝鮮族が居住している。地続きでもあり、つながりの歴史は深い。ときどきの政権や政治の動向で簡単に左右できるものではない。この点では「当事国=アメリカと北朝鮮の交渉がカギを握っている」という中国の主張は極めて正当である。
 アメリカが不法不当なイラク戦争を強行したことで分かるように、世界最強の軍事力に寄生する産軍複合体の影響力は巨大である。しかし、それ以上に米国エリートだけでなく一般国民に韓国、中国、日本、沖縄などアジア人の死は眼中にない社会心理である。太平洋、大西洋に挟まれているお蔭でアメリカ人は、対外戦争でロシア、中国、ドイツ、日本などに比べると戦死者は微々たるものである。そんなアメリカとトランプに追随し、「日米同盟強化が日本の唯一の道」と、騒ぎ立てる安倍政権はどうみても異常である。

 ◆原発を並べて戦争などすることはできない!

 朝鮮戦争を想定することは拉致被害者の救出は頭から諦めているのである。韓国、沖縄、日本の被害も当然覚悟のはずである。政府や右翼の人々に果たしてその覚悟はあるのか?最近、谷本知事が「もし志賀原発が狙われるようなら、北朝鮮国民を総餓死させる」と発言して問題になった。これも常軌を逸している。しかし、谷本発言は日本海沿岸にこれほど原発を並べて戦争を考えること等できないことを、逆に私たちに教えているのである。 (文責;多名賀 哲也)


●母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤壓して太陽歿む
 能登ひとのはらわたに蛆をわかしむるエセ文明をこよい怒りぬ

右の写真は志賀町高浜海岸に建つ坪野哲久文学碑です。碑には彼の『ふるさと詠六十五選』より「母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤(なみ)壓(お)して太陽歿(しず)む」が刻まれ、右の碑は遺影です。

●志賀原発まで、あと10分という千鳥浜にあり、駐車場とトイレも併設されています。休憩がてら車を止め一見されては如何でしょう。

●哲久は1906年(明治39年)高浜に生まれ、1988年没。かほく市の川柳人・鶴彬と並ぶ反骨の歌人です。2首目の「能登ひとの・・」は原発建設へ走る町の動きを怒ったもので、もう没年近いころの作だと思われます。詳しく知りたい方は『郷土の歌人―坪野哲久』(志賀町立図書館発行)をご覧ください。


<NO.47 2017年7月20日発行>

 志賀原発は廃炉に!北電に決断求めよ!
   羽咋市・七尾市・中能登町・志賀町に申入れ


 命のネットワークは7月3日に羽咋市、4日に七尾市と中能登町、6日は志賀町に「北陸電力に志賀原発の廃炉を求められるよう要請する」申入れを行ないました。3.11後これまで4回、志賀町並みの安全協定を要求する2市1町と30㌔圏各市町への要請を行なってきましたが、今回は2市1町と元凶の立地町・志賀町への申入れです。(下記に申入書掲載)
 対応者は羽咋市が山辺市長、七尾市が福島市民生活部長、中能登町が高橋総務課防災担当課長、志賀町が荒川環境安全課長です。今回の要請行動には羽咋が13名(うち地元10めい)、七尾が9名(地元5名)、中能登が10名(地元3名)、志賀町が10名(地元4名)で、のべ28名が参加しました。
 これまでの申入れは安全協定や避難計画が重点でしたが、今回は直截に「廃炉」にしぼったためか2市2町の対応は事前の検討・準備が目立ちました。七尾市は前・武元市長が羽咋の山辺市長と協議して、安全協定締結要求へリーダーシップを発揮していたころと比べ、かなり後退していることが懸念されます。中能登も七尾と相談していたのか「要請内容は町長に伝える」という
もの。地元の3名が「過去4回の対応と全く異なり、準備も検討結果もない。



 ◆今年も志賀原発前を平和行進、風船2百個を上げる◆


 6月24日午後、七尾鹿島・羽咋地区などの60名が参加して、志賀原発横の赤住団結小屋で恒例の6月平和行進集会を開催(右写真)。集会後、正面ゲート、使用済み燃料を搬出する海側ゲートの間を往復するデモ行進を行い、「志賀原発は廃炉に!これ以上、核のゴミを増やすな!」と声をあげました。
 このうち命のネットは15名が参加。1時間前から小屋内外の清掃、風船の準備を行ない、集会冒頭に60名全員で約200個のエコ風船を青空に上げました。(写真が×だったのが残念!)

 改めて町長の出席も含め回答の場を設定せよ 」と強く抗議し、再会見することを確認させました。
 羽咋市は山辺市長が出席し
「みなさんの要請の趣旨は充分理解しているが、いま羽咋市だけが突出することは難しいことはわかってほしい」と述べ、このあと太陽光発電など羽咋市の再生エネ発電のとりくみ等について、質疑や意見交換されました。
 志賀町では、荒川課長の回答は「規制委員会の審査状況を見ながら判断したい」という小泉町長のこの間の表明を繰り返すものでした。福島の厳しい現実を立地町として踏まえているのか、追及され「現地への職員派遣や女川町の結果を見ても住民の帰還が厳しいことは痛感している」と答えましたが、甲状腺ガンが多発している健康調査については、町として調査はしていませんでした。要請行動の結果、各市町の福島現地の厳しい現実に対する危機感の薄さが分かりました。さらに追及を続けます。



                                            2017年7月3,4,6日 
七尾市長 不嶋 豊和 様   羽咋市長  山辺 芳宣 様
志賀町長 小泉  勝 様   中能登町長 杉本 栄蔵 様 
                                            命のネットワーク代表  盛田 正

 北陸電力に対し志賀原発の廃炉を求められるよう要請します

 3・11福島原発の大事故からすでに6年と4カ月。志賀原発は以来停止したままです。貴市町はじめ志賀原発周辺2市1町と北陸電力との安全協定に関わる交渉も久しく進展を見ていません。
 北電は相変わらず、原発再稼働についてさも積極的であるかのような発言を重ねていますが、再稼働についての見通しは全くついていないのは誰の目にもあきらかです。その一方、最近発表された資料等を見ると、原発なしでやっていける状態になっていることを、北電はもう隠そうとしていません。(添付資料をご覧下さい)
 資料1にあるように、10年後であっても原発を動かさなくても電気の供給には何の心配もないと、この3月に電力広域的運営推進機関を通して経産省に報告し、その直後、資料2のように自社の水力発電の割合を現在の倍の量に増やすとマスコミに発表しています。北電は他社に比べて水力の割合が高く、2016年度にすでに190万kw に達し志賀1・2号機の出力174.6万kwを上回っているのです。つまり、もうとっくに原発などいらなくなってしまっていることを、北電自身が認めているのです。それなのにまだ再稼働だというのです。
 このような北電にたいして原発事故の不安を常に抱えさせられてきた周辺自治体として、はっきりと、それならばもう原発はやめよ!不要な原発は即時廃炉にせよ!と声をあげていくべきです。北電の対応をいつまで待っていてもらちがあきません。
 住民の命を預かる自治体の長として、このまま放置し続けることは許されないのではないでしょうか。原発があり続けることのメリットなど、どれほどのことでしょう。
 とりわけ志賀原発が志賀町とその周囲の自治体経済に貢献している度合いは他原発より格段に低いのです。よしんば、ある程度の影響を自治体財政に与えているとしても、命の危険とどうして比較できるでしょう。いくつかの原発で再稼働が続いていますが、再稼働による核のゴミのもって行き場もなく行き詰まりは目に見えています。
 いらないものはいりません。もうはっきりさせるべき時です。
 どうか、他の周辺市町とともに、志賀原発の即時廃炉を、北電に、政府に対し強く求めてください。
(*注 斜体部は志賀町の場合、ありません。写真は山辺市長に要請書を手渡す盛田代表 )


 111名、12万6千株で脱原発5提案を提出  6.28北電株主総会

 北陸電力の株主総会は6月28日、富山市の北電本店で開かれ、「北陸電力と共に脱原発を進める株主の会」は111名の株主(12万6千株)の協力を得て今回で4度目の、志賀原発の廃炉など脱原発の共同提案を提出することができました。株主の会は、約30名が朝9時から門前でのアピール行動を来場する株主たちに行うとともに、20名が10時からの総会に入場しました(羽咋からは3名が参加)。
 しかし、北電は「株主の会」の5つの提案をすべて否決して、志賀原発の再稼動を重ねて強調。年間50円の株主配当を37年ぶりに減配しただけでなく、金井社長は「時間がたってもこの状況なら電気料金値上げも考えられる」と、消費者を脅かす発言まで行っています。
 会では総会に先立つ6月12日、筆頭株主の富山県に対し、5提案への賛同を申し入れました(右記事参照)。しかし、富山県は総会で提案に反対しています。関電総会で京都市長が出席して脱原発への方針変更を訴えたのとは大違いです。富山の皆さんのとりくみをお願いします。



 被害者の移住権を否定し帰還を強要する安倍政権!

4月15日・北陸中日新聞の『発言』欄に、富山の会員であり長年、原子力防災の問題で調査・提言を続けてこられた淡川典子さんの投稿が掲載されました。チェルノブイリ事故とフクシマの被ばく線量の設定値が余りに違うことを簡潔に指摘したものです。
 昨年11月10日、七尾で開かれた末田一秀さんの講演「安全協定と避難計画を考える」でもふれられています(⇒右表参照)。共産党の独裁体制下にあったソ連圏ですら、保障されていた被ばく者の安全確保と移住の権利が、福島事故では全く否定されているのです。相次ぐ被ばく者差別の根っこには、この国策があります。
 「1mSv/年超=移住権」~これを否定するアベ政権は、この4月から避難住民への賠償や住宅・生活支援を打ち切り、帰還を強要しています。政府は「国が違えば、放射能も違う」というのでしょうか。沖縄の辺野古・高江と同様、アベ政権は全く異常です。

 <解除済みの地域でも帰還率は13.5%!>

 日本勤労協第28回全国総会(伊豆長岡)での、現地・双葉地方勤労協の仲間の報告によると、

◆すでに解除済みの地域  対象人員約1万9千人   帰還率13.5%
◆今回4月の解除地域  対象人員約3万2千人  帰還希望率21.2%
*内訳 ・浪江町約1万5千人(帰還希望率18%) ・飯館村約6千人( 同 34%)
      ・川俣町約  1千人( 同   44%) ・富岡町約1万人( 同 16%)
たとえ支援打ち切りで脅かしても事故被害者の被ばくへの不安がどんなに切実かは明らかです。それでも帰還を強要するー行き着く先は「こんな人たちは敵、非国民だ」になるでしょう。



視点・論点 
「共謀罪」法成立~百害あって一利なし!

 「共謀罪」法案が6月15日、法務委員会での採決を省く“禁じ手”=「中間報告」*という奇策によって委員会採決を飛び越し、参院本会議で強行可決し成立しました。安部政権の暴挙はとどまるところを知らぬようです。(*注;委員長が野党でなかなか委員会採決が難しい場合、やむをえず?とられる手法。しかし今回は、委員長は与党の公明党だった)
 この共謀罪は、正式?名称は「テロ等準備罪」ですが、テロ対策には全く役に立たないばかりか、「百害あって一利なし」です。安倍政権が本当に狙っているのは、何十、何百万という国民を「テロの可能性を孕んでいる者」とし、「今のうちから抑え込んでおこう」と考えているからです。

◆一般の国民も対象になる? 監視はすでに通常業務

 野党の反対理由にまずあげられたのが「一般国民も対象にされる恐れがある」というものでした。悪くとれば、今はともかく将来は怖れがあるともとられかねません。広く国民の反対の声を起こさねば、という思いは理解できますが、現実の公安警察のうごきは全く違います。
 5月24日の北陸中日新聞≪社説≫でも詳しく触れられているように「監視は通常業務」であり、原発政策に批判的な団体、大気汚染やリゾート開発、ごみ問題などにとりくむ環境団体、女性の地位向上や消費税引き上げ反対運動団体、日本消費者連盟、いじめ・不登校問題の団体、日本ペンクラブや日本ジャーナリスト会議なども対象になってきました。むろん、反原発・脱原発運動団体や基地反対運動の団体はそのトップです。
 政府は、「組織的犯罪集団」が対象であって、一般人は対象にならないと言いますが、とっくの昔に多くの団体と個人が監視対象にされているのです。共謀罪法成立により、今後は監視活動を公然と拡大し、さらに処罰までできるようになるわけです。一般人と言うのなら、これらの団体や運動に関わるな、というのが政府の本音でしょう。

◆沖縄の山城さんを5ヶ月も拘留、経産省前では「放火」逮捕も

 安倍政権発足から5年。事態は大きく変わりました。3.11後、もう原発と原子力開発はやめよう、というのは国民多数の声です。30年たっても帰れないチュエルノブイリの現実を無視し「帰還政策=フクシマは終わった」という国策を強行するのは余りに無理があります。そこで持ち出されたのが「共謀罪」です。
 1例をあげます。Mさんは経産省前に昨年8月末まであったテント広場の中心的存在。テント撤去後も座り込みと地下鉄霞ヶ関駅の地上出口付近を掃除するのが日課でした。今年1月16日、経産省の植込みの枯草がくすぶっていたので帽子で消していたら、たちまち警官達に「器物損壊」で逮捕されました。結局、警察と検察は起訴できなかったのですが、マスコミと経産省は「放火、火付け」と騒ぎ立て、公安当局は所期の目的を十分果たしたのです。6月15日以後だったら、どうなったか!ゾッとする話です。
 ガンで闘病中なのに5カ月以上も逮捕・拘留された山城博治さん(沖縄県平和運動センター議長)の場合は、もっと明白です。これまで何度か普天間基地を封鎖する快挙をリードし、長期にわたる辺野古・高江基地反対運動をたくまざるユーモアで明るくけん引してきた山城さんは政府や検察にとって憎悪の対象だったのでしょう。「会議などで今後も共謀する怖れ」「集会などで多数の参加者によびかけ共謀する怖れあり」として長期拘留されました。

 すでに共謀罪は現実のものになっています。基地と原発を維持しようとする国策は、独裁的強権的国家を必要とせざるを得ないのです。私たちに求められることは、一刻も早く安部政権をやめさせ、基地と原発をめぐる暴走をストップさせることです。(多名賀 哲也)



《視点論点②》 それでもまだ原子力を認めますか?

 原子力ルネサンスの夢の跡


 世紀が変わる頃から地球温暖化対策として原発が注目されるようになり、原子力ルネサンスという言葉まで現れた。しかしすでに2010年以前において、アメリカでは原発コストが上昇を続け、政府が多額の債務保証を約束しても建設を取りやめる事例が表れていたし、ヨーロッパではフィンランド(オルキルオト3号炉)とフランス(フラマンビル3号炉)で新型の欧州加圧水型原子炉(EPR)の建設が難航し、建設コストが際限なく増大していた。

 ◆身の程知らず-東芝の結末 

 どちらも安全性の強化がコストを押し上げたのであり、安全性についての市民の高まる疑念を黙殺・圧殺できない国では、原子力は(事故のコストを除外しても)コスト的に引き合わない事業になっていた。 慧眼の企業経営者だったら、そのことを認識できたはずである。
 ところが東芝はその原子力事業を強化した。日本では原子力は建設事業者、電力会社、国が一体で推進する国策的事業であり、事業者は電力会社と国の手厚い配慮に馴れて、シビアな経営判断よりも事業拡大を優先しがちだった。そして身の程知らずにも、電力会社と国の配慮が及ばない海外事業に手を伸ばしたところで、福島原発事故が起きたのである。
 国内外で新規の原発建設受注が極端に困難になるとともに、アメリカで建設中の原発の建設コストが安全規制の強化によって大幅に増加した。そこに経営者の無能、無策(損失の極小化に失敗)が加わり、現下の東芝危機に至ってしまったのである。

◆原発推進が成り立つのは独裁的・強権的国家だけ

 苦戦しているのは東芝だけではない。EPRを建設しているフランスのアレバ社も自力存続が困難になり、フランス電力公社に身請けされてしまった。原子力を事業として成り立たせるには安全コストを徹底的に切り詰める必要があるが、それが可能なのは独裁的、強権的な国家だけである。中国、インド、ロシアがその例だ。
 日本も原発推進に固執し続けるなら、そうなるほかない。福島原発事故被災者の切捨て、特定秘密保護法や共謀罪の新設などは、そのことを見越した準備とも考えられる。 
<田中 良明 『原発雑考』№346、2017年5月より転載>


●P4で、日本勤労協全国総会で双葉郡(大熊町や富岡町、浪江町など8町村)勤労協の仲間から報告されたものの一部を掲載しました。40人の会員が全て、いわき市などに避難しているそうです。掲載した他にも大切な報告が多く、載せられなかったのが残念です。(資料あり)
●今号に掲載できませんでしたが、逆転判決により再稼動した福井の高浜原発の再稼動に抗議する5/12、17、6/6~7現地行動に、盛田代表、滝口副代表、藤岡事務局次長が長躯何度か参加しています。本当にご苦労様でした。小生は遠出が段々しんどくなり、申し訳ない次第です。
●右の写真は羽咋市滝谷の妙成寺です。命のネットの事務局は羽咋を中心に活動しています。人口2万3千人の小さな町です。他府県の方に知って頂くためと地元自慢も兼ね、市内の写真を随時載せたいと思ってます。(タナカ記)







 被ばく者を差別し切捨てる日本の線量設定値!


 4月15日・北陸中日新聞の「発言」欄に、富山の会員であり長年、原子力防災の問題で調査・提言を続けてこられた淡川典子さんの投稿が掲載されています。チェルノブイリ事故とフクシマの被ばく線量の設定値が余りに違うことを簡潔に指摘したものです。
 昨年11月10日、七尾ワークパルで開催された末田一秀さんの講演「安全協定と避難計画を考える」でも詳しくふれられています(⇒「チェルノブイリ法と福島の比較」表参照)。共産党の独裁体制下にあったソ連圏ですら、保障されていた被ばく者の安全確保と移住の権利が、福島事故では全く否定されているのです。
 「国が違えば、放射能も違う!」というのでしょうか。沖縄と同様、アベ政権は全く異常です。



























<NO.46 2017年4月10日発行>

 第17回命のネット定期総会を開催
 
 盛田正代表以下 新体制決まる!

 3.11フクシマ6周年をひかえた2月25日、命のネットワークは羽咋・七鹿・金沢・富山から約30名が参加し羽咋労働会館2階ホールで第17回定期総会を開催しました。
 経過報告では、①雨水大量流入事故で2回にわたって北電本社を追及し、交渉の場を設定させたこと、②10月の台風で損壊した猫の目交差点の1号看板を再建したことなどが報告され、併せて16年度決算報告も承認されました(
 方針では①4月初めに新会員へのヨウ素剤を配布、②空間線量計の更新を進める、③自治体要請行動を実施する、④再稼動阻止ネットに結集し全国の行動に連帯する、⑤風船上げ月例行動を継続して実施(右写真参照)、⑥看板の新規設置に努力する、ことを決めました。
 ここ数年、意見や指摘のあった役員については、代表・副代表・事務局長・顧問について大幅に変更し、盛田正・代表をはじめとする下記の新体制を決定しました。ぜひ皆さんのお力添えをお願い致しますとともに、新体制で脱原発・志賀原発廃炉へ全力を上げます。

◆堂下町議が特別報告、3.11は風船あげ

 総会終了後、引続いて堂下健一・志賀町議による特別報告「志賀原発をめぐる町政の動き」が行われました(P3に関連記事)。また、3.11フクシマ6周年の日には、団結小屋に盛田代表以下9名が集まり、風船50個を上げ、月例風船上げを開始しています。

 
  代    表  盛 田 正(羽咋市)新   運営委員  志田 哲夫(七尾市)
  副 代 表  滝 口 保(羽咋市)新     同     角三 外弘(七尾市)
  事 務 局長  多名賀哲也(羽咋市)新    同     道具 欣二(高岡市)
  事務局次長  藤岡 彰弘(富山市)    会計監査  小桜 正二(志賀町)
  運営 委 員  池端 憲子(羽咋市)      同     松田 満之(羽咋市)
    同     境井 信幸(羽咋市)
    同     比 良 保(志賀町)    顧  問  堂下 健一(志賀町議)新


 北電ウオッチングまたは大研究  その③

    今度は火事騒ぎ! 火元の協力会社は東京電力の子会社だった

◆2月17日 志賀原発敷地内の協力会社「東京エネシス」(*100%東電子会社)から出火。電源コードのショートが原因。火災報知体制の不備が露呈。
◆2月22日 北電は機関投資家向けに、20年債の社債100億円分を発行した。志賀原発の安全対策工事と富山新港LNG1号機工事の資金に充てる。
◆2月28日 北電は6月に、六ヶ所村へ低レベル放射性廃棄物・ドラム缶480本分を海上輸送すると発表。
◆3月2日  福島での除染作業に参入させる見返りに、環境省の出先機関の職員を違法に接待したとして、高岡の土建会社の元経営者が逮捕される。
◆3月3日  福井県越前市内で配線工事中、作業員が誤って高圧充電部に触れたため、1500戸が1分間停電。
◆3月7日  北電と中部電力、東京電力ホールジングスの3社が災害対応や原発の運営技術で連携する協定を結んだ。(お粗末・安全無視の3社で実効性は?)
◆3月8日  北電、雨水流入「事故」に関わる「止水措置実施計画」をとりまとめ原子力規制委員会に提出。最終的な完了予定は来年3月。
◆3月10日 原子力規制委員会の審査会合で、北電は2号機の関わる断層で、比較的新しい「S-2・S-6断層」に絞って活断層ではないことを立証すると説明。規制庁側は「同意できない。対象を絞り込むのは危険」と疑問の声が相次いだ。


   
【追記-1.10北電本社回答&追及行動 

 昨年12月26日、「雨水流入事故」についての北電の「最終報告」がようやくまとめられた。私たちは1月10日、再度北電本社を訪ね、今後の方策についてきちんとした責任のある説明を求めた。しかし、北電が、「再発防止策」として提示したもののほとんどは、通り一遍の内部チェック策にすぎず、わずかに「原子力発電所における活動状況全般を監視する組織を新たに設置する」という項目だけが目をひいたにすぎない。ところがこの「組織」なるものも、まだ何も中身が決まっておらず、いつ発足させるかもわからないというのだ。こんなわけのわからないもので、お茶を濁そうとするつもりなら、北電の体質はさらに腐っていくだけだ。
 いまだにこの重大「事故」を、北電は「事象」と呼んではばからない。志賀原発を新規制基準に対応させるための工事を優先させようとあせり、雨水対策が疎かになったために「事故」が発生したことはあきらかなのだ。「事象」などと他人事のように言っている限り、事態の本質に触れることさえできないし、北電にはそのつもりもないのだろう。
 ●以上の報告を書いていると、またまた「うっかり事故」のニュースが飛び込んできた。2月17日、志賀原発の敷地内にある「協力会社」のプレハブ事務所で火災が発生。報道によると、その原因は電源コードのショートで、火災発生に気づいたのは、別の「協力会社」社員。当の「協力会社」の業務は原発各施設内に火災報知器を設置することだったという。
自分の会社事務所を「お留守」にして、どんな火災報知システムを施工しているのやら、まったくあきれてしまうが、まさにこれが北電と志賀原発の現状なのだ。北電が再稼働にこだわり続けるかぎり、住民の不安だけが増していく。(藤岡彰弘・記)


    ヨウ素剤536人分の更新を実施ー氷見、高岡など新規希望対象に

 本通信発想に合わせ、富山県呉西地区(氷見、高岡)はじめ3.11後に配布希望をした方へのヨウ素剤更新を実施します。重ねて、新配布方式へのご協力をお願いいたします。 *なお、広河隆一さんが主宰する月刊写真雑誌『デイズジャパン』2月号に特集「原発事故に備えてヨウ素剤を持とう」の中で「②グループを通じて手に入れる」の項に、本会員の渡辺竜生さんの声が載りました。紹介します。
⇒■東京都世田谷区の渡辺竜生さんは次のように言う。「日医工のヨウ化カリウム50mg丸を10丸所持しています。大人1回分は2丸です。これは石川県羽咋市のある団体が一括購入し、2年に1回(直近は15年3月)の頻度で会員向けに配布しているものです。できれば使う機会は来てほしくないのですが、いざという時は現場からの距離にかかわらず、事故を知った時点で服用し、遠くへ逃げるつもりです」 なお、この石川県羽咋市は1992年には独自にヨウ素剤を購入し、97年から学校や保育所に配備した経験を持つ。

    堂下町議の志賀町政報告に思う

  北陸中日新聞・能登地方版にはほとんど毎日のように志賀町の記事が載る。原発関連は当然だが、文化行事や定住促進まで「公-民」の様々な活動が他の地域より大変活発に行われているように感じるのだ。やはり原発からのお金の力なのか?それとも原発後を模索しているのか?後者であれ、と思いながら読んでいる。
 2月25日の堂下議員の町政報告によれば、他の立地自治体に比べ志賀町は財政面において原発依存度は低く、地元雇用も少数とのこと(美浜町=1,555人、志賀町=168人-2012年)。今ならば廃炉となっても原発に頼らない町づくりが可能なのだ。
 数年前大腸ガンで入院手術する羽目になった。自覚症状がありながら放っておいたために破裂寸前まで肥大、幸運にも内臓脂肪が患部を包んでいたため転移を免れた。ガンと原発を同列には論じられないが、生活と命を絶つ可能性は同じ、初期において楽観しがち、危険を無視したがるのも同様である。―「事故の可能性があれば、いつか必ず事故は起きる」パーキンソンの法則
 志賀原発が廃炉になっても40年にわたる廃炉工事は続く。それなりに経済効果はあるだろうが、周辺住民を巻き込んでの危険もまた継続する。今後の志賀町政と町民の活動が目前の経済よりも未来を見据えたものであってほしい。(七尾市・志田哲夫)

    国、電力会社に盲従した大阪高裁決定に抗議する!

 本通信の印刷開始直前に、高浜原発の稼動を差し止めた大津地裁の仮処分を取り消すという大阪高裁の決定が出された。福島事故前に歴史を逆行させ、人権を擁護する司法の責任を放棄する不当極まる決定です。私たち命のネットも満腔の怒りをこめて抗議します。
それだけではありません。「原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合することを、相当の根拠、資料に基づいて主張立証」すればよいなどという、福島原発事故以前に出された伊方原発・最高裁判決でも言わなかった判示をしていることです。
 福島事故以前に金沢地裁などいくつかの裁判所が示した判断すら否定しています。この仮処分裁判には金沢地裁で志賀原発2号機運転差止め判決を行った井戸謙一裁判長(その後、定年退職)が弁護団長として関わって来られました。それだけに憤りと口惜しさは如何ばかりか、と拝察されます。重ねて不当極まる決定に抗議するものです。

    「きれいな環境を子孫に」-民意は不屈だ!

  ◆産廃処分場めぐる住民投票は不成立に終わったが◆         ― 輪島市門前町・舘谷 富士夫 ―

   産廃と原発の建設の過程は似ている。国内最大級のゴミ捨て場は管理を含め60年、東京ドーム×4杯分345万㎥、総事業費125億円。過疎に苦しむ5所帯の限界集落脱出との引き換えが巨大迷惑施設誘致。
世界遺産を身売りする取引に問題はないか。民意を無視し、県と市が決めてよいか。このまま日本列島第1号の産廃処分場を進めてよいか。全国的な関心事となっている。石川県輪島市門前町大釜の産業廃棄物最終処分場計画をめぐり、建設の是非を問う住民投票が2月19日に行われた。
 梶文秋・輪島市長は告示前から「建設に賛成なら投票しないのも選択肢のひとつ」と発言。棄権をあおる言動は秘密投票を損なう投票妨害だと批判が集中し、物議をかもした。市の住民投票条例第6条には「住民投票は市長が執行するものとする」とある。
 問題は、条例を執行する側のトップでありながら、一方で「投票に行くな」と有権者に呼びかけ、市職員・請負関係にある建設土建業・小売業者らの家族を心理的に操って住民投票の不成立を狙ったことで、市長への忠誠心を試す「踏み絵」のようにしたことにある。
 これらは民主主義の破壊そのものではないか。法秩序に従わない裏社会の犯罪組織“産廃マフィア”存在を疑わせた、岐阜県御嵩町の町長襲撃事件。町長は産廃に反対して暴漢に襲われ九死に一生を得た。この事件も産廃の是非を問う住民投票がからんでいた。しかし、輪島市とは違って投票成立⇒建設反対が多数を占め、計画は白紙撤回となった。
 行政と業者とを裏で操る産廃ビジネスの暗躍。梶市長のやっていることは、まるで関東の大手産廃業者タケエイの営業所長と見まがう変節ぶりだが、市長には悔い改める最後の機会、タケエイとの環境保全協定の締結が残っている。国内最大級の巨大産廃施設誘致の企てはある意味、建設ありきで用意周到に仕組まれてきた。なぜ住民の理解が得られれないまま、タケエイが11年にわたり執拗に建設計画を進められたのか。
 2011年に輪島市議会で2度目の反対決議があり、市民の約6割、1万4千人の反対署名が県に提出されてもタケエイは計画を断念しなかった。撤退に追い込まれなかったのは谷本正憲県知事、宮下政博自民党県議、梶市長、そして自民党輪島市議団・拓政会ら建設推進派が心強い後ろ盾であったからに他ならない。
 住民投票の結果は残念ながら、市条例の50%条項に阻まれ、市長と拓政会・市議らの思惑通り不成立、不開票で終わった。しかし、投票率42.02%の数字は、これからのたたかいにとっては必要で十分な激励票だった。全有権者24815人の約4割1万人の市民が建設反対の意思を明確にしたことの意義は大きい。推進派の執拗で陰湿な投票妨害にあらがっての投票行動だけに、堂々と投票に足を運んだ有権者の皆さんの「きれいな環境を子孫に残す」勇気ある決意は尊く輝かしい。
 建設に異を唱える住民の熱は今なお冷めず、「勝てなかったが負けてもいない」として引き続き来春の市長選、再来年の市議選でも反対を掲げ、産廃計画を白紙撤回させるまでたたかう構えを3月12日の「住民投票総括集会」(主催=輪島の産業廃棄物処分場問題を考える会)で再確認した。原発の再稼動を許さないたたかいのように、産廃反対の運動形態は変わるだろう。建設はもとより産廃搬入を差し止めるシーンも想像しながら、みなさん共にがんばりましょう。

<輪島市産業廃棄物最終処分場計画の経緯>

◆2005年  門前町が大釜地区への誘致を決定。
◆06年1月 門前町が計画公表。2月―輪島市と門前町が合併。
    12月 市議会が反対意見書。
◆07年2月 市民らが3000人の反対署名を県に提出。
◆08年1月 市産廃問題検討委が建設反対の答申。
◆11年6月 市議会が2度目の反対意見書。
     7月 区長会が1万4000人の反対署名を県に提出。
◆16年6月 市議会が計画を容認。 9月―反対派の市民が「輪島の産廃問題を考える会」結成。 11月―住民投票求める署名活動。
◆17年1月 住民投票の実施確定。2月12日―告示。19日―50%に達せず開票されず。



編集後記
 2月25日、第17回定期総会が開催され、16年度決算報告も承認されました。みなさまのご協力により、伊方や川内原発再稼動反対行動への旅費、看板の再建など多くの出費がありましたが、それに対応する会費納入やカンパがあって15年度も黒字で乗り切ることができました。心から感謝いたします。
 昨年の運動を引き継ぎ、命のネットワークの運動をさらに広げ、志賀原発の再稼働阻止・脱原発社会実現へ活動をすすめることが必要です。このためにも17年度会費の早期納入を新加入者の方をふくめ、ぜひともよろしくお願いいたします。

◆すでに納入頂いた方には、郵便振込用紙を入れておりません。
◆会費は原子力立地給付金の出ている地域を除き、年2,000円です。
◆労金の自動振り込み払いの方を除き、下記のいずれかへ振り込み下さい。

 ◎郵便振込口座 00790-6-19989  命のネットワーク
 ◎北陸労働金庫羽咋支店普通預金口座 2917732 命のネットワーク



<NO.45 2017年1月20日発行>

 臨界事故隠し、相次ぐ長期停止、そして今
  原子炉建屋に大量の雨水流入!
     羽咋・富山十余名で北電本社に抗議申入れ!





 「安全機能を喪失する恐れがあった」―昨年9月28日、志賀原発2号機において、排水路から原子炉建屋1階の非常用電気品室(電源を送る分電盤や非常用蓄電池などが置かれている重要度の非常に高い設備)、同地下1階、地下2階まで雨水が流入したのです。
 最初の警報から4時間余を経て、再び漏電を示す警報が鳴り響き、すでに分電盤はショートしていました。この時点で初めて、北電は職員が対応に動き出したといいます。流入した雨水は6.6トンに達しました。
 たしかに、少し強い雨でしたが、水害や一般家庭や工場で水漏れ騒ぎなど起きていません。それが原発の原子炉建屋に大量の雨水が流入し、重要な電気設備に損傷を起こしていたと言うのです。2007年の中越沖地震で柏崎刈羽原発だけが火災事故を起こしたことを思い出しますが、あの時は「あわや原発震災」という地震でした。しかし、今回はお粗末の限りです。







■福島事故の教訓は全く忘れ去られていた!

 北電は事故翌日現場に立ち会った県の原子力安全対策室が「軽微な事象」とする対応をいいことに、7日もたってからホームページ上にこっそり公表したのです。事態の深刻さが大きく問題になったのは10月19日。原子力規制委員会で各委員から「安全機能を喪失する恐れがあった」と厳しい指摘が相次いだからです。(詳しくは北日本新聞社説をぜひ参照!)
地震による原子炉重要機器の損傷を否定し、津波による電源喪失を強調する原子力規制委の姿勢は許せませんが、浸水による電源喪失が福島事故を決定的にしたことは明らかです。北電や県の対応は福島事故の教訓を全く忘れ去ったものです。
10月27日の県原子力安全対策室への申入れでも県の姿勢に変わりがなく、このため翌28日、直接北電本社への抗議申入れを富山・羽咋十余名で行いました。北電と県の対応が余りにひどいものだっただけに、この日の行動は極めて有効だったと思います。(下記申入書参照)

■再稼動だけが眼中に!12/26副社長の記者会見

 この記者会見で、西野副社長は「本当に初歩的ミスが重なって今回のトラブルに」「運転停止が長期にわたり緊張感や素早く対応する意識が低下」とお粗末極まる実態をやっと認めました。しかし、「運転していたら、こんな対応には」という発言は、再稼動させないのが全ての原因と言わんばかり。止まっていても志賀原発は、やはり危険そのものです。(3㌻経過を参照)



                                                              2016年10月28日 
北陸電力株式会社 社長 金井 豊 様
                                                              命のネットワーク代表代行 盛田 正 
                       抗  議  申  入  書

 さる9月28日、貴社は志賀原発2号機において、雨水流入による漏電「事故」を引き起こした。雨の量がもっと多ければ、重大な事故につながっていた可能性がある。ところが貴社は、この「事故」を、発生から7日もたってから、最も基準の低い「事象」としてホームページ上で報告し、それですませてしまった。
 「事故」発生から3週間後の10月19日、原子力規制委員会定例会において、この「事故」のことが大きく取り上げられ、出席委員から次々と貴社の安全管理体制に疑問が投げかけられるに至って、ようやく貴職自ら陳謝と反省の弁を口にした。だがそれも、決して住民の不安に真摯に向き合おうとしたからではない。
 地域住民への「説明会」は、規制委員会からさらに5日後。わざわざ貴社の関連施設を使い、参加者を一部地区の代表に限定し、質疑応答も非公開にするなど,、あまりに露骨な形だけの「説明会」だった。誠意のかけらもない「説明」に意味などない。こんな「説明」と報告ですまそうとする貴社の姿勢に対し、私・たちは強く抗議する。 
 しかも、この「事故」の扱いを、貴社はその後も全く変えていない。基準上、最も緊急度の低い「事象」にしたまま、規制委員会からの批判さえホームページにのせていない。貴社は何を反省したというのか。
 「事故」当時、貴社は再稼働の条件となる2号機の「安全性向上施策」のための関連工事を急がせていた。そのため雨水の排出も仮設ポンプに頼らざるをえなかったのだという。「安全性向上」のために、安全が極度に脅かされるというのでは、まったくの本末転倒。再稼働の準備工事に前のめりになっているから何も見えなくなる。いや、見なくてすませられるのだ。活断層の上にある原発に、安全などありえない。一体いつまでこんなことを続けるのか?
何度も繰り返し私・たちは貴社に訴え続けてきた。それでも、もう一度言う。
 志賀原発を、今すぐ廃炉にする決断をせよ。その決断を先延ばしし続けることに、断固抗議する。


 ≪北電ウオッチング≫

9月30日 北電、2号機の安全性向上?工事の完了が遅れ、17年度内になると発表。9.28事故には触れず。
10月7日 マンスリーレポート9月分の運転保守情報に、9.28漏電による警報の発生を記すが、事故・故障には該当せずと記載。
10月19日 原子力規制委の定期会合。雨水流入トラブルで厳しい声相次ぐ。(北電社長は配慮に欠けたと陳謝)
10月24日 原子力規制庁が報告書の提出を指示(1号機にも)。赤住区委員会・安全推進連絡会に対しアリス館横の原子力技術研修センターで(内輪だけの)陳謝。
10月28日 雨水流入で中間報告書を規制庁に提出。(富山県にも報告と陳謝)
11月7日 1号機の雨水流入対策の報告書を規制庁に提出。
11月16日 原子力規制委員会が、北電の中間報告は「事実関係の整理にとどまり、根本的な原因の分析がない」と指摘。地下送電用ケーブルの追加点検も指示。
11月24日 県原子力環境安全管理協議会で北電、中間報告の内容を説明。
12月5日 志賀原発訴訟で北電側、審理の継続を要求。
12月8日 北電、マレーシアLNG社と売買契約。(新港火力の液化天然ガス)
12月26日 







「安全協定と避難計画を考える」
 70余命の参加で末田一秀さんが講演


 11月20日、七尾市ワークパルで石川県勤労協連合会と七尾鹿島勤労協連合会が主催して「第22回フォーラム石川in七尾―安全協定と避難計画を考える」が開催され、末田一秀さんによる講演が行われました。
 志賀原発の稼働に関する同意権を持った安全協定の締結は、羽咋市だけではなく当地区の七尾市と中能登町も北陸電力に強く求めています。このため、フォーラム石川が七尾で開かれるのを機会に、「安全協定と避難計画を考えよう」と末田さんを招き、七尾鹿島の勤労協会員だけでなく、羽咋や輪島地区の命のネット会員も含め70余名が参加しました。
 末田さんは、志賀原発と各地の安全協定の特徴や違いを紹介した上で、

◆“紳士協定”とよく言われるが、大きな誤りで「法的拘束力がある」。何よりも、自治体と産廃業者が結んだ公害防止協定の法的拘束力を認める最高裁判決が確定している。

◆国は帰還政策をごり押ししているが、福島の18才以下36万人の県民健康調査では173人以上がガンまたはその疑いが生じている。(従来の説明は「100万人に1人か2人」)

◆新規制基準を政府は「世界で一番厳しい」自賛しているが、これまでのひどい基準をやっと国際水準に改めただけもの。それも、原子力推進の国際機関=IAEAの水準です。

◆避難計画も毎日新聞の30キロ圏123市町村調査では、孤立集落が半数にも。伊方をみれば、奥能登の孤立も志賀だけの話ではない。ヨウ素剤も5㌔圏には事前配布と言うが、それ以外の地域は緊急時に配備。とても間に合わず、放射性ヨウ素が流れる中、屋外を移動することに。

◆結局、避難計画は「晩発生障害が出るのは仕方がない」という考えに貫かれている。
最後に、「真の防災対策は、災害源の除去。即ち、原発再稼動の阻止、脱原発の達成しかありません」と強調されました。なお、詳細や最新情報は、末田さんの個人HP「環境と原子力の話」でご覧下さい。「末田一秀」で検索を。



 初めて「もんじゅを廃炉へ!」全国集会に参加!


 12月3日午前11時前に「もんじゅ」が立地する敦賀市白木海岸に到着しました。浜は入江になっていて、左手に釣り人が20~30人もいる港があり、コンクリートで固めた(観)そのままのもんじゅが高台にそびえ立っています。その中間に巡視艇が2隻という配置です。なんともアンバランスな風景の中で全国集会がありました。
 港の背後には白木の集落もあります。巡視艇2隻は集落と集会に向かって浮かんでいます。風もなく日差しも穏やかな中でしたが、落ち着かない雰囲気でした。午後から敦賀市内での全国集会と市内デモへ。初めての参加ですが、この集会が今回で最後になることを願いつつ。(滝口)



 
<視点・論点> もんじゅ廃炉と新潟県知事選挙

 この一カ月(昨年10月)あまりの間に原発を巡って二つの大きな出来事があった。一つは、高速増殖炉もんじゅの廃炉が事実上決まったこと。
 もんじゅのパフォーマンスのあまりの悪さと、原発への社会の厳しい視線を意識して、原発政策の司令塔である経産省がもんじゅを見切ったのである。もんじゅに固執すれば、本丸である原発の維持すら危うくなるという判断だ。経産省はもんじゅを廃炉にしても核燃料サイクルは維持するとしているが、それは口先だけのことである。もんじゅ廃炉に代わる方策(フランスの高速炉開発への協力)に実体がないことがその証拠である。
 もんじゅは(政治的・社会的に)維持できないという経産省の判断と、もんじゅを廃炉にすれば核燃料サイクルは(技術システム的に)成立しないという文科省の言い分は、どちらも正しい。両者を合わせれば、核燃料サイクルは断念するほかないということになる。中学生にもわかる理屈だ。もんじゅ廃炉は核燃料サイクル政策放棄への一里塚である。
 もうひとつの大きな出来事は、柏崎刈羽原発の再稼動が争点になった新潟県知事選挙で再稼動に慎重な米山隆一氏が当選したこと。新人で告示日直前に立候補を決めるという圧倒的な準備不足、電力労連の圧力で連合は対立候補を支援し、民進党は自由投票(選挙戦終盤に事実上の支持に回ったが)という圧倒的に不利な勢力配置の中で、自民党が本部ぐるみで全力応援した県政界の大物に勝ったのである。
 再稼動反対の民意の大きさと強さが鮮やかに示された選挙だった。この二つの出来事は、政府の強引な原発政策があちこちでほころび始めていることと、人びとの脱原発の意思がいまなお固いことを示している。(田中良明) *『原発雑考№340号』より転載。

  日本の原発輸出

 日本の政府と原子力業界は原発・原子力技術の輸出に躍起となっている。11月にそのことに関連する二つの動きがあった。まず、ベトナムで原発建設が中止なった。
 福島原発事故によって各国で原発建設の意欲が低下する中で、ベトナムは日本からの原発輸出がきまっていた唯一の国だった。それだけにこの決定は日本の政府と原子力業界にとって大打撃である。建設費が当初の2.7倍に高騰したこと、親日派の首相が退陣したことなどが理由とされているが、国民の中に安全性についての不安が根強かったことも背景にある。ベトナムは現実的な選択をした。
 つぎに、日本とインドの原子力協定が締結された。インドでは、アメリカとフランスが原発建設計画を進めているが、両国の原発には日本企業が市場独占する機材が使われるため、その機材の輸入を可能にする日印原子力協定がなければ、建設は事実上不可能だった。それでインド政府が日本政府に協定締結を求めていたのである。
 インドは核不拡散条約(NPT)に参加せず核兵器を保有しており、逆に日本政府はNPT遵守が核廃絶への唯一の道と言う頑なな政策をとり続け、核兵器禁止条約や核先制不使用宣言に反対してきた。NPT無視のインドに原子力技術を提供する今回の協定は、日本政府のNPT遵守政策と全く相容れないものである。核拡散防止よりも原発ビジネスを優先させたといわざるをえない。見返りに将来の原発建設で日本に便宜が図られるという裏約束が交わされているのではないか。
 インドは電力不足が深刻で、広大な非電化地域もあり、それらの克服のために原発が必要なのだと言われている。しかし、インドでは電力の30%もが送電で失われており、これを改善する方が電力の安定供給にはるかに有効である。また非電化地域の電化には、送電網建設が不要の再生可能エネルギー発電がもっとも有効である。日本はこれらの分野でこそ協力すべきだ。
(田中良明) *『原発雑考№341号』より転載。



 第1号看板を前面改修し 再建しました!

  10月の台風で完全に倒壊してしまった猫の目交差点の第1号看板が12月、立派に再建されました。4本の支柱は全て鉄柱に、土台もセメントでしっかり固めています。
 のと里山海道・柳田ICを降りてすぐの国道交差点北東側です。ぜひご覧下さい!