<リンク>
志賀原発廃炉に!訴訟原告団HP● http://shika-hairo.com/

  命のネットワーク

 〒925-0052 石川県羽咋市中央町サ5 (羽咋労働会館内)
           ℡0767-22-2111 (FAX共用)














<NO.48 2017年10月10日発行>

 27年間 関西の元気印を有難う!
   最後の能登ピースサイクルと歓迎・交流

 27年間、珠洲原発建設計画と志賀原発に反対して毎年7月、20台前後の銀輪を走らせ、関西の元気印を私たちに届けてくれた「原発いらん!能登ピースサイクル」。全港湾関西地本の大型宣伝カーを先頭に大阪の郵便局員、ゼネラル石油など外資系石油の労組員、高校教員、全港湾の青年組合員らによってとりくまれてきました。
 珠洲原発建設計画反対運動と連帯しようと1990年に始まり、出発地も珠洲市蛸島でした。2003年末に計画凍結=事実上の建設断念が確定した後は、2004年夏に珠洲をウイニングラン。2005年からは、出発地も西海の小川民宿に変わり、志賀原発廃炉を訴えて西海~志賀原発~内灘~石川県庁へと走り続けてきました。

◆ はりつめし四肢と銀輪かけゆきぬ 
   海,丘,客人(まろうど)みな美しき


 能登ピースは、珠洲原発計画に反対する珠洲市民たちから熱烈な歓迎を受けました。志賀原発をめぐる当地の状況とは大きく異なります。やはり阻止できた所と許してしまった所の違いでしょうか。でも、一、二度限りの支援ではなく毎年、大変な準備とエネルギーを費やして「廃炉のときまで」と元気いっぱいに駆けつけてくる能登ピースは私たちにとって大きな励ましでした。27年間、関西の元気印を届け続けてくれたこと、本当にありがとう!
 原発の異様な姿とは対照的に、まわりの海と丘は美しく、自転車をこぐ日に焼けた関西の客人(まろうど)たちの姿もまた美しく、地元の私たちを励ましてくれるものでした。北電に対しても毎年、イヤなインパクトを与えるとりくみだったことでしょう。

◆珠洲~輪島~西海~内灘 195㌔のラストラン

 その能登ピースサイクルも、主に年齢的体力的な問題から自転車走行中の事故の危険性が増してきたため、一昨年の2015年、25回目の自転車走行をもって終了することになりました。
しかし今回、「志賀原発廃炉実現のウイニングランはできなかったが、「能登半島を非核半島に!」という各々の思いを胸に、本当に最後の自転車走行を8名の有志で実施することになったものです。
行程は24日、珠洲市蛸島の民宿「むろや」に泊。25日、蛸島漁港から珠洲原発予定地だった寺家・高屋を経て輪島へ。26日、輪島~総持寺をへて西海の民宿「お川」に泊。27日、西海~赤住団結小屋~内灘サイクリングターミナルに泊。195㌔に及ぶラストランです。
 命のネットは、27日が羽咋市議選告示日だったことやメンバーが怪我をしたため3人しか参加できませんでしたが、のとじょネットの7人が参加してくれ、ラストランにふさわしい歓迎交流会を団結小屋で持つことができました。池端憲子さんの寄稿を参照してください。また、北陸中日新聞の社会面にも写真2枚、5段組みで大きく掲載されています。(写真後列左からマネジメント役の稲岡了三さん、代表の高橋伸二さん、4人目は昨年11月に七尾で原子力防災の講演をされた末田一秀さん)

◆回りの人に話すことが一歩に

 8月27日、晴天。海も穏やかでした。能登ピースサイクルが今夏で活動を終えるというので、「御苦労様」「廃炉に向けこれからもがんばろう」と、原発横の赤住団結小屋で歓迎交流会を持ちました。
 夢生民(ムーミン、障害者たちが働く羽咋市大川町の喫茶店)のチーズケーキ、のとじょネットメンバー手作りのヨーグルトケーキ(右写真)、冷たい麦茶で楽しいひと時を過ごしました。自己紹介、それぞれの思いを話す中で、福島から避難しているⅠさん、福島への思いで涙あふれる場面もありました。
 中日新聞にピースサイクルのことが載ったので知人に「今日の新聞見てね。私、小さく写っているよ」と話しました。翌日、「新聞読んだよ。高2の孫に見せたら、宿題のテーマこれにしようって、原発のこと調べとったよ」と言うので早速、資料を渡しました。若者がこの記事をきっかけに興味を持ってくれたのはうれしいことでした。
 秋祭りの片づけ後の女子お茶会で、「福島の事故のとき、車の油なくて困っとったの見たから、できるだけ満タンにしとるよ」「いいこと聞いた。私もそうしよう」「ヨウ素剤、家においてるよ」
「へ~え、どうして?」「姉ちゃん看護師やからもらったげ」
 日々の何気ない会話の中で、政治のこと、福島のこと、原発のこと、教育のことなどなど・・・。話せることが何かの一歩につながるのかなと思います。<羽咋市・池端憲子>


■各地のたより

 私も80才を過ぎ、知力とともに体力も衰えてきています。年に1~2 回は仲間に誘われて都心の集会に参加しています。7月、2市2町に志賀原発の廃炉に向って北電に申入れをするよう要請したとのこと、現地の人々に感謝する次第です。田中良明さんの転載記事に「独裁的・強権的な国家だけが原発事業が続く」とあり、日本も含まれますね。原発再稼動の動き止まらず残念でならない。現地の皆さん元気でね。(町田市・篠田修一)


 チェルノブイリと酷似した事態が進行!
甲状腺がん191人!だが、2700人ものデータを除外 『世界』8月号


   白石 草さんの報告に注目を


 3巡目を迎えた「福島県民健康調査」で甲状腺がんが190人以上に達したことが公表され、大きな衝撃を与えました。しかし、月刊誌『世界』8月号に掲載された白石草さんの報告は、さらに深刻な事態が隠されていると訴えています。今号には、その要約を以下に掲載します。『世界』は各地の図書館にあります。ぜひ、全文を一読してみて下さい。

■調査対象の枠外で患者が見つかる

 福島事故にともない、2011年から福島県が実施している「県民健康調査」。3カ月ごとに検査結果を報告する「検討委員会」が6月5日に開かれ、新たな甲状腺がんのデータが公表された。それによると、甲状腺がんの悪性または悪性疑いと診断された子どもは191人に達し、すでに153人が手術を終えている。
 しかし、今回の検討委員会で話題の焦点となったのは、この数字そのものではない。この数字の陰に、いったい何人の甲状腺がん患者が隠れているのか、データ公表の方法に問題はないのか、この点に議論が集中した。 <中 略>

■2700人のデータを除外

 福島県の甲状腺検査では、事故当時18才以下だった県民36万人を対象に超音波検査を実施し、5㍉を超える結節(しこり)や2㌢を超える膿胞がある子どもは2次検査の対象となる。2次検査では、より詳細な超音波検査や血液検査が行われ、ガンが強く疑われる子どもは、次回の検査で穿刺(せんし)細胞診を行なうことになる。一方、何らかの所見があるものの、すぐに穿刺細胞診をしない子どもは、一般の保険診療に移行し、医師による「経過観察」が行われる。
 福島医大が公表していなかったのは、この経過観察中の患者のデータだ。これらの患者が診察の中でガンと診断されても、健康調査の枠組みから外れるため、把握も報告もしないのだという。甲状腺検査をきっかけに「経過観察」となっている患者は、これまでにのべ2700人に上る。県が発表している患者数は191人だが、これよりはるかに多い患者が埋もれている可能性があるのだ。 <中 略>

■未公表の4歳児 ⇒「放射線の影響」否定の根拠崩れる

 今回の事態が重大なのは単にデータが欠けているだけでなく、未公表症例が「事故当時4歳以下」の子どもだったことにある。<中略>重要なのは、この患者が見つかった時期だ。「検討委員会」は昨年3月、子どもの甲状腺がんの多発は「放射線の影響とは考えにくい」と結論づける「中間とりまとめ」を公表したが、その根拠となった条件のひとつが「5歳以下の子どもの発症がない」という理由だった。<中略>
 しかし、実際には、この報告書がまとめられる前に、4歳児の甲状腺がんが見つかっていたわけである。<中略>しかも「事故時5歳以下の患者」は被ばく影響を評価するうえでひじょうに重要とされてきたにもかかわらず治療にあたった医師やスタッフが、この症例を明らかにしなかったことの責任は極めて重い。

■ 急増する「経過観察症例」

 さらに指摘したいのは、この「経過観察」症例が年を追うごとに増加している点である。福島県のデータによれば、二次検査における穿刺(せんし)細胞診の施行率は年々低下し、一巡目では39.7%、2014~2015年の2巡目では15.0%、2016年から17年の3巡目では5.4%にまで減っている。
 逆に「経過観察」症例は増え、1巡目は60%だったものが、2巡目では84.9%、3巡目では94.5%と約1.5倍となっている。つまり現在では、2次検査に回った患者データのほとんどが、検討委員会に報告されない状況に陥っているのだ。<中略>
 確かに、強い痛みを伴う細胞診を子どもに施行するのは慎重であるべきとの立場は理解できる。しかし、現在のスキームでは、こうした配慮が、より小さい子供のデータにふたをする結果を招いている。県民の中には公表される数字を減らすために、恣意的に穿刺細胞診を先延ばしにしているのではないかと言った疑いの声も上がっている。

■検査縮小への道筋が・・

 検査がスタートして6年。これまで見てきたとおり「早期発見・早期治療」および「症例数の把握」という甲状腺検査の二つの目的が今、大きく揺らいでいる。県や国は、甲状腺がんが多発している原因は、見つける必要のないガンを多数診断している、いわゆる『過剰診断』によるものだとして、検査の縮小へ向けて大きく舵を切っている。
これに呼応し、福島県小児医会は昨年8月、ガンの多発が保護者の不安を招いているとして、検査の見直しなどを求める「総会声明」を県に提出した。また12月には、日本財団が主催する「放射線と健康についての福島国際専門家会議」のメンバーが内堀雅雄知事と面会し、検査の縮小を提言。最新の科学的知見を評価する国際的な会議体を設置するよう求めた。<中 略>

■「過剰診断」論の陰で

 しかし、『過剰診断』論に惑わされてはならない。実際にはチェルノブイリと酷似した深刻な事態が進行している。
その一つが手術症例の問題だ。鈴木教授が公表した手術症例によると、昨年3月までに手術を終えた145人のうち、7割以上にリンパ節転移や浸潤などがあり、複数の再発例が出ている「みつけなくてもいいガンを見つけている」とは言いがたい状況だ。
また、がんの進行の速さも懸念されている。甲状腺がんは進行が遅いと言われるが、2巡目の検査で甲状腺がんと診断された71人のうち、9割を超える65人が1巡目の検査では特に問題がなかった子どもだった。1巡目と2巡目のかんかくはわずか2年。その間に、がんが1㌢から3.5㌢まで急成長したことになる。<中略>
 このように事態は全く楽観できない。中には肺転移により治療がうまくいっていない患者もおり、医療資源の枯渇も懸念される。検査を受けたすべての患者の症例把握を早急に進めるとともに、再発・転移を含め手術後のフォローアップ・データの報告も急務である。チェルノブイリでは、国際機関の介入により、甲状腺がんの多発が被ばくによるものと結論づけられるまでに、10年を要した。日本は今、まったく同じ過ちを繰り返しつつある。


<当面する行動&集会などの予定>

◆10/15大飯原発うごかすな!関電包囲全国集会

 10月15日(日)13時~15時 関電本店前⇒靭公園へ移動 15時半、難波までデモ

◆STOP!伊方原発 高松集会
  10月21日(土)13時、高松市・JR駅前広場 15時、デモ行進 終了後~21日=全国交流会

◆もんじゅ廃炉!核燃料サイクルをとめる全国集会
  11月5日(日)13時~16時、福井市・国際交流会館         
*関電包囲集会、高松集会には代表派遣を予定。福井集会を含め、参加希望者は事務局まで連絡下さい。旅費補助あり。


 住民の目線に立った篠山市の原子力防災!
  高浜、大飯原発から45~65㌔圏にある兵庫県は丹波の篠山市。放射線の被ばくから甲状腺を守るために安定ヨウ素剤の事前配布を2016年1月末から始め、以後も1年に1回、事前配布を行っています。このとりくみは30㌔圏外の自治体では初めてのもので全国から注目されています。
 左のカットは、同市が本年7月に発行したハンドブック『原発災害にたくましく備えよう』の冒頭に掲載された見出しで、篠山市の原子力防災に対する考え方を率直・簡明に訴えています。
 第10条通報(原発で深刻な事故が発生)が深刻な事故の合図、もっと自体が深刻化すると、国から「原子力緊急事態宣言」(原災法第15条)が出て避難指示が出ることになっていますが、実際には事故の深刻さは隠され、公表と対処が遅れるのは福島事故で明らかです。
 同市はこの事実をはっきり直視して「周辺自治体に数えられていない篠山市に避難指示は出されない可能性がありますが、篠山市では市民の安全を最優先に考え、【とっとと逃げる】(早めに避難する)ことを勧めています」(P15)と明記しているのです。
 他の説明も実にリアル・具体的で分かりやすく、とくにヨウ素剤の「副作用はないの?」では、「副作用はごくわずか。インフルエンザ予防注射による深刻な副作用発生率が0.002%。安定ヨウ素剤の発生率はその20分の1です」(P21)とズバリ明示しています。同市では昨年末までに、3才~13才未満の約74%に配布しました。
 羽咋市は学校、保育所に事前配置していますが、万一の場合、即刻飲ませるか心配です。すでに羽咋市の先進的な役割は、30㌔圏外の自治体によって追い越されているのです。

■鹿児島県でも新たな動きがー

 鹿児島県では三反園知事が7月26日の定例記者会見で、30㌔圏の希望者にヨウ素剤を事前配布する方針を発表しました。次回の「原子力安全・避難計画等防災専門委員会」での議論後、県議会に提案するといいます。
 川内原発30㌔圏住民ネットは、知事が提案しやすくなるように環境づくりをしてきました。5市1町の知事あての意見書採択です。30㌔圏外も含む出水市、日置市、姶良市、長島町の陳情・意見書は自治体全域での配布を求めるもので、住民ネットは今後の議論に期待しています。(この項は、『反原発新聞』第474号、2017年9月号―3面の<川内では、いま>高木章次さんの報告を、一部表現を変えて転載しました)


<視点・論点> 北朝鮮ミサイル-避難訓練を嗤う

 お分かりと思うが、見出しの<訓練を嗤う>は桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」の借用である。しかし、メディアが伝える訓練の模様やJアラートの報道を見て、私は「嗤う」どころか怒りとぞっとする恐怖を覚えたのである。
 この訓練は原発の防災訓練と同様、実際の役には立たないどころか、全く無駄なものである。かつて北朝鮮がテポドンの試射を行なった当時なら、まだ彼らの軍事技術が未熟なため、飛行途中での解体⇒落下という事態もありえたかもしれぬ。しかし、防衛庁(当時)の役人たちは、国民に「怖い」と煽り立てながら、自分たちは納入兵器や調達物をめぐる汚職の証拠・関係資料を隠すのに必死だったことはまだ記憶に新しい。
 いま最も対策が急がれるのは、墜落や不時着事故を繰り返すオスプレイではないか。基地撤去はかなわぬまでも、国民の安全を第一に考えるなら、オスプレイの撤去・飛行停止を真剣に求めることである。宇宙空間に通信衛星や軍事飛行物があふれている時、危険を煽り立てるのは「北朝鮮は怖い。戦争もやむなし」という社会心理を作り出そうとしているとしか思えない。

 ◆第2の朝鮮戦争は絶対に起こしてはならない!

 アメリカの世論調査では「外交手段がだめなら、戦争もやむを得ない」という声が5割を超しているという。結局は「第二の朝鮮戦争」である。被害は第一に韓国人であり、米軍の想定でも50万~100万人に達する。第二は米軍基地が集中する沖縄であり、沖縄はほぼ壊滅することになるだろう。日本本土も無事では済まぬことはいうまでもない。
 もちろん、北朝鮮政権の崩壊は必至である。しかし、中国も難民の流入など深刻な事態になるだろう。もともと中国東北3省には数百万の朝鮮族が居住している。地続きでもあり、つながりの歴史は深い。ときどきの政権や政治の動向で簡単に左右できるものではない。この点では「当事国=アメリカと北朝鮮の交渉がカギを握っている」という中国の主張は極めて正当である。
 アメリカが不法不当なイラク戦争を強行したことで分かるように、世界最強の軍事力に寄生する産軍複合体の影響力は巨大である。しかし、それ以上に米国エリートだけでなく一般国民に韓国、中国、日本、沖縄などアジア人の死は眼中にない社会心理である。太平洋、大西洋に挟まれているお蔭でアメリカ人は、対外戦争でロシア、中国、ドイツ、日本などに比べると戦死者は微々たるものである。そんなアメリカとトランプに追随し、「日米同盟強化が日本の唯一の道」と、騒ぎ立てる安倍政権はどうみても異常である。

 ◆原発を並べて戦争などすることはできない!

 朝鮮戦争を想定することは拉致被害者の救出は頭から諦めているのである。韓国、沖縄、日本の被害も当然覚悟のはずである。政府や右翼の人々に果たしてその覚悟はあるのか?最近、谷本知事が「もし志賀原発が狙われるようなら、北朝鮮国民を総餓死させる」と発言して問題になった。これも常軌を逸している。しかし、谷本発言は日本海沿岸にこれほど原発を並べて戦争を考えること等できないことを、逆に私たちに教えているのである。 (文責;多名賀 哲也)


●母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤壓して太陽歿む
 能登ひとのはらわたに蛆をわかしむるエセ文明をこよい怒りぬ

右の写真は志賀町高浜海岸に建つ坪野哲久文学碑です。碑には彼の『ふるさと詠六十五選』より「母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤(なみ)壓(お)して太陽歿(しず)む」が刻まれ、右の碑は遺影です。

●志賀原発まで、あと10分という千鳥浜にあり、駐車場とトイレも併設されています。休憩がてら車を止め一見されては如何でしょう。

●哲久は1906年(明治39年)高浜に生まれ、1988年没。かほく市の川柳人・鶴彬と並ぶ反骨の歌人です。2首目の「能登ひとの・・」は原発建設へ走る町の動きを怒ったもので、もう没年近いころの作だと思われます。詳しく知りたい方は『郷土の歌人―坪野哲久』(志賀町立図書館発行)をご覧ください。


<NO.47 2017年7月20日発行>

 志賀原発は廃炉に!北電に決断求めよ!
   羽咋市・七尾市・中能登町・志賀町に申入れ


 命のネットワークは7月3日に羽咋市、4日に七尾市と中能登町、6日は志賀町に「北陸電力に志賀原発の廃炉を求められるよう要請する」申入れを行ないました。3.11後これまで4回、志賀町並みの安全協定を要求する2市1町と30㌔圏各市町への要請を行なってきましたが、今回は2市1町と元凶の立地町・志賀町への申入れです。(下記に申入書掲載)
 対応者は羽咋市が山辺市長、七尾市が福島市民生活部長、中能登町が高橋総務課防災担当課長、志賀町が荒川環境安全課長です。今回の要請行動には羽咋が13名(うち地元10めい)、七尾が9名(地元5名)、中能登が10名(地元3名)、志賀町が10名(地元4名)で、のべ28名が参加しました。
 これまでの申入れは安全協定や避難計画が重点でしたが、今回は直截に「廃炉」にしぼったためか2市2町の対応は事前の検討・準備が目立ちました。七尾市は前・武元市長が羽咋の山辺市長と協議して、安全協定締結要求へリーダーシップを発揮していたころと比べ、かなり後退していることが懸念されます。中能登も七尾と相談していたのか「要請内容は町長に伝える」という
もの。地元の3名が「過去4回の対応と全く異なり、準備も検討結果もない。



 ◆今年も志賀原発前を平和行進、風船2百個を上げる◆


 6月24日午後、七尾鹿島・羽咋地区などの60名が参加して、志賀原発横の赤住団結小屋で恒例の6月平和行進集会を開催(右写真)。集会後、正面ゲート、使用済み燃料を搬出する海側ゲートの間を往復するデモ行進を行い、「志賀原発は廃炉に!これ以上、核のゴミを増やすな!」と声をあげました。
 このうち命のネットは15名が参加。1時間前から小屋内外の清掃、風船の準備を行ない、集会冒頭に60名全員で約200個のエコ風船を青空に上げました。(写真が×だったのが残念!)

 改めて町長の出席も含め回答の場を設定せよ 」と強く抗議し、再会見することを確認させました。
 羽咋市は山辺市長が出席し
「みなさんの要請の趣旨は充分理解しているが、いま羽咋市だけが突出することは難しいことはわかってほしい」と述べ、このあと太陽光発電など羽咋市の再生エネ発電のとりくみ等について、質疑や意見交換されました。
 志賀町では、荒川課長の回答は「規制委員会の審査状況を見ながら判断したい」という小泉町長のこの間の表明を繰り返すものでした。福島の厳しい現実を立地町として踏まえているのか、追及され「現地への職員派遣や女川町の結果を見ても住民の帰還が厳しいことは痛感している」と答えましたが、甲状腺ガンが多発している健康調査については、町として調査はしていませんでした。要請行動の結果、各市町の福島現地の厳しい現実に対する危機感の薄さが分かりました。さらに追及を続けます。



                                            2017年7月3,4,6日 
七尾市長 不嶋 豊和 様   羽咋市長  山辺 芳宣 様
志賀町長 小泉  勝 様   中能登町長 杉本 栄蔵 様 
                                            命のネットワーク代表  盛田 正

 北陸電力に対し志賀原発の廃炉を求められるよう要請します

 3・11福島原発の大事故からすでに6年と4カ月。志賀原発は以来停止したままです。貴市町はじめ志賀原発周辺2市1町と北陸電力との安全協定に関わる交渉も久しく進展を見ていません。
 北電は相変わらず、原発再稼働についてさも積極的であるかのような発言を重ねていますが、再稼働についての見通しは全くついていないのは誰の目にもあきらかです。その一方、最近発表された資料等を見ると、原発なしでやっていける状態になっていることを、北電はもう隠そうとしていません。(添付資料をご覧下さい)
 資料1にあるように、10年後であっても原発を動かさなくても電気の供給には何の心配もないと、この3月に電力広域的運営推進機関を通して経産省に報告し、その直後、資料2のように自社の水力発電の割合を現在の倍の量に増やすとマスコミに発表しています。北電は他社に比べて水力の割合が高く、2016年度にすでに190万kw に達し志賀1・2号機の出力174.6万kwを上回っているのです。つまり、もうとっくに原発などいらなくなってしまっていることを、北電自身が認めているのです。それなのにまだ再稼働だというのです。
 このような北電にたいして原発事故の不安を常に抱えさせられてきた周辺自治体として、はっきりと、それならばもう原発はやめよ!不要な原発は即時廃炉にせよ!と声をあげていくべきです。北電の対応をいつまで待っていてもらちがあきません。
 住民の命を預かる自治体の長として、このまま放置し続けることは許されないのではないでしょうか。原発があり続けることのメリットなど、どれほどのことでしょう。
 とりわけ志賀原発が志賀町とその周囲の自治体経済に貢献している度合いは他原発より格段に低いのです。よしんば、ある程度の影響を自治体財政に与えているとしても、命の危険とどうして比較できるでしょう。いくつかの原発で再稼働が続いていますが、再稼働による核のゴミのもって行き場もなく行き詰まりは目に見えています。
 いらないものはいりません。もうはっきりさせるべき時です。
 どうか、他の周辺市町とともに、志賀原発の即時廃炉を、北電に、政府に対し強く求めてください。
(*注 斜体部は志賀町の場合、ありません。写真は山辺市長に要請書を手渡す盛田代表 )


 111名、12万6千株で脱原発5提案を提出  6.28北電株主総会

 北陸電力の株主総会は6月28日、富山市の北電本店で開かれ、「北陸電力と共に脱原発を進める株主の会」は111名の株主(12万6千株)の協力を得て今回で4度目の、志賀原発の廃炉など脱原発の共同提案を提出することができました。株主の会は、約30名が朝9時から門前でのアピール行動を来場する株主たちに行うとともに、20名が10時からの総会に入場しました(羽咋からは3名が参加)。
 しかし、北電は「株主の会」の5つの提案をすべて否決して、志賀原発の再稼動を重ねて強調。年間50円の株主配当を37年ぶりに減配しただけでなく、金井社長は「時間がたってもこの状況なら電気料金値上げも考えられる」と、消費者を脅かす発言まで行っています。
 会では総会に先立つ6月12日、筆頭株主の富山県に対し、5提案への賛同を申し入れました(右記事参照)。しかし、富山県は総会で提案に反対しています。関電総会で京都市長が出席して脱原発への方針変更を訴えたのとは大違いです。富山の皆さんのとりくみをお願いします。



 被害者の移住権を否定し帰還を強要する安倍政権!

4月15日・北陸中日新聞の『発言』欄に、富山の会員であり長年、原子力防災の問題で調査・提言を続けてこられた淡川典子さんの投稿が掲載されました。チェルノブイリ事故とフクシマの被ばく線量の設定値が余りに違うことを簡潔に指摘したものです。
 昨年11月10日、七尾で開かれた末田一秀さんの講演「安全協定と避難計画を考える」でもふれられています(⇒右表参照)。共産党の独裁体制下にあったソ連圏ですら、保障されていた被ばく者の安全確保と移住の権利が、福島事故では全く否定されているのです。相次ぐ被ばく者差別の根っこには、この国策があります。
 「1mSv/年超=移住権」~これを否定するアベ政権は、この4月から避難住民への賠償や住宅・生活支援を打ち切り、帰還を強要しています。政府は「国が違えば、放射能も違う」というのでしょうか。沖縄の辺野古・高江と同様、アベ政権は全く異常です。

 <解除済みの地域でも帰還率は13.5%!>

 日本勤労協第28回全国総会(伊豆長岡)での、現地・双葉地方勤労協の仲間の報告によると、

◆すでに解除済みの地域  対象人員約1万9千人   帰還率13.5%
◆今回4月の解除地域  対象人員約3万2千人  帰還希望率21.2%
*内訳 ・浪江町約1万5千人(帰還希望率18%) ・飯館村約6千人( 同 34%)
      ・川俣町約  1千人( 同   44%) ・富岡町約1万人( 同 16%)
たとえ支援打ち切りで脅かしても事故被害者の被ばくへの不安がどんなに切実かは明らかです。それでも帰還を強要するー行き着く先は「こんな人たちは敵、非国民だ」になるでしょう。



視点・論点 
「共謀罪」法成立~百害あって一利なし!

 「共謀罪」法案が6月15日、法務委員会での採決を省く“禁じ手”=「中間報告」*という奇策によって委員会採決を飛び越し、参院本会議で強行可決し成立しました。安部政権の暴挙はとどまるところを知らぬようです。(*注;委員長が野党でなかなか委員会採決が難しい場合、やむをえず?とられる手法。しかし今回は、委員長は与党の公明党だった)
 この共謀罪は、正式?名称は「テロ等準備罪」ですが、テロ対策には全く役に立たないばかりか、「百害あって一利なし」です。安倍政権が本当に狙っているのは、何十、何百万という国民を「テロの可能性を孕んでいる者」とし、「今のうちから抑え込んでおこう」と考えているからです。

◆一般の国民も対象になる? 監視はすでに通常業務

 野党の反対理由にまずあげられたのが「一般国民も対象にされる恐れがある」というものでした。悪くとれば、今はともかく将来は怖れがあるともとられかねません。広く国民の反対の声を起こさねば、という思いは理解できますが、現実の公安警察のうごきは全く違います。
 5月24日の北陸中日新聞≪社説≫でも詳しく触れられているように「監視は通常業務」であり、原発政策に批判的な団体、大気汚染やリゾート開発、ごみ問題などにとりくむ環境団体、女性の地位向上や消費税引き上げ反対運動団体、日本消費者連盟、いじめ・不登校問題の団体、日本ペンクラブや日本ジャーナリスト会議なども対象になってきました。むろん、反原発・脱原発運動団体や基地反対運動の団体はそのトップです。
 政府は、「組織的犯罪集団」が対象であって、一般人は対象にならないと言いますが、とっくの昔に多くの団体と個人が監視対象にされているのです。共謀罪法成立により、今後は監視活動を公然と拡大し、さらに処罰までできるようになるわけです。一般人と言うのなら、これらの団体や運動に関わるな、というのが政府の本音でしょう。

◆沖縄の山城さんを5ヶ月も拘留、経産省前では「放火」逮捕も

 安倍政権発足から5年。事態は大きく変わりました。3.11後、もう原発と原子力開発はやめよう、というのは国民多数の声です。30年たっても帰れないチュエルノブイリの現実を無視し「帰還政策=フクシマは終わった」という国策を強行するのは余りに無理があります。そこで持ち出されたのが「共謀罪」です。
 1例をあげます。Mさんは経産省前に昨年8月末まであったテント広場の中心的存在。テント撤去後も座り込みと地下鉄霞ヶ関駅の地上出口付近を掃除するのが日課でした。今年1月16日、経産省の植込みの枯草がくすぶっていたので帽子で消していたら、たちまち警官達に「器物損壊」で逮捕されました。結局、警察と検察は起訴できなかったのですが、マスコミと経産省は「放火、火付け」と騒ぎ立て、公安当局は所期の目的を十分果たしたのです。6月15日以後だったら、どうなったか!ゾッとする話です。
 ガンで闘病中なのに5カ月以上も逮捕・拘留された山城博治さん(沖縄県平和運動センター議長)の場合は、もっと明白です。これまで何度か普天間基地を封鎖する快挙をリードし、長期にわたる辺野古・高江基地反対運動をたくまざるユーモアで明るくけん引してきた山城さんは政府や検察にとって憎悪の対象だったのでしょう。「会議などで今後も共謀する怖れ」「集会などで多数の参加者によびかけ共謀する怖れあり」として長期拘留されました。

 すでに共謀罪は現実のものになっています。基地と原発を維持しようとする国策は、独裁的強権的国家を必要とせざるを得ないのです。私たちに求められることは、一刻も早く安部政権をやめさせ、基地と原発をめぐる暴走をストップさせることです。(多名賀 哲也)



《視点論点②》 それでもまだ原子力を認めますか?

 原子力ルネサンスの夢の跡


 世紀が変わる頃から地球温暖化対策として原発が注目されるようになり、原子力ルネサンスという言葉まで現れた。しかしすでに2010年以前において、アメリカでは原発コストが上昇を続け、政府が多額の債務保証を約束しても建設を取りやめる事例が表れていたし、ヨーロッパではフィンランド(オルキルオト3号炉)とフランス(フラマンビル3号炉)で新型の欧州加圧水型原子炉(EPR)の建設が難航し、建設コストが際限なく増大していた。

 ◆身の程知らず-東芝の結末 

 どちらも安全性の強化がコストを押し上げたのであり、安全性についての市民の高まる疑念を黙殺・圧殺できない国では、原子力は(事故のコストを除外しても)コスト的に引き合わない事業になっていた。 慧眼の企業経営者だったら、そのことを認識できたはずである。
 ところが東芝はその原子力事業を強化した。日本では原子力は建設事業者、電力会社、国が一体で推進する国策的事業であり、事業者は電力会社と国の手厚い配慮に馴れて、シビアな経営判断よりも事業拡大を優先しがちだった。そして身の程知らずにも、電力会社と国の配慮が及ばない海外事業に手を伸ばしたところで、福島原発事故が起きたのである。
 国内外で新規の原発建設受注が極端に困難になるとともに、アメリカで建設中の原発の建設コストが安全規制の強化によって大幅に増加した。そこに経営者の無能、無策(損失の極小化に失敗)が加わり、現下の東芝危機に至ってしまったのである。

◆原発推進が成り立つのは独裁的・強権的国家だけ

 苦戦しているのは東芝だけではない。EPRを建設しているフランスのアレバ社も自力存続が困難になり、フランス電力公社に身請けされてしまった。原子力を事業として成り立たせるには安全コストを徹底的に切り詰める必要があるが、それが可能なのは独裁的、強権的な国家だけである。中国、インド、ロシアがその例だ。
 日本も原発推進に固執し続けるなら、そうなるほかない。福島原発事故被災者の切捨て、特定秘密保護法や共謀罪の新設などは、そのことを見越した準備とも考えられる。 
<田中 良明 『原発雑考』№346、2017年5月より転載>


●P4で、日本勤労協全国総会で双葉郡(大熊町や富岡町、浪江町など8町村)勤労協の仲間から報告されたものの一部を掲載しました。40人の会員が全て、いわき市などに避難しているそうです。掲載した他にも大切な報告が多く、載せられなかったのが残念です。(資料あり)
●今号に掲載できませんでしたが、逆転判決により再稼動した福井の高浜原発の再稼動に抗議する5/12、17、6/6~7現地行動に、盛田代表、滝口副代表、藤岡事務局次長が長躯何度か参加しています。本当にご苦労様でした。小生は遠出が段々しんどくなり、申し訳ない次第です。
●右の写真は羽咋市滝谷の妙成寺です。命のネットの事務局は羽咋を中心に活動しています。人口2万3千人の小さな町です。他府県の方に知って頂くためと地元自慢も兼ね、市内の写真を随時載せたいと思ってます。(タナカ記)







 被ばく者を差別し切捨てる日本の線量設定値!


 4月15日・北陸中日新聞の「発言」欄に、富山の会員であり長年、原子力防災の問題で調査・提言を続けてこられた淡川典子さんの投稿が掲載されています。チェルノブイリ事故とフクシマの被ばく線量の設定値が余りに違うことを簡潔に指摘したものです。
 昨年11月10日、七尾ワークパルで開催された末田一秀さんの講演「安全協定と避難計画を考える」でも詳しくふれられています(⇒「チェルノブイリ法と福島の比較」表参照)。共産党の独裁体制下にあったソ連圏ですら、保障されていた被ばく者の安全確保と移住の権利が、福島事故では全く否定されているのです。
 「国が違えば、放射能も違う!」というのでしょうか。沖縄と同様、アベ政権は全く異常です。



























<NO.46 2017年4月10日発行>

 第17回命のネット定期総会を開催
 
 盛田正代表以下 新体制決まる!

 3.11フクシマ6周年をひかえた2月25日、命のネットワークは羽咋・七鹿・金沢・富山から約30名が参加し羽咋労働会館2階ホールで第17回定期総会を開催しました。
 経過報告では、①雨水大量流入事故で2回にわたって北電本社を追及し、交渉の場を設定させたこと、②10月の台風で損壊した猫の目交差点の1号看板を再建したことなどが報告され、併せて16年度決算報告も承認されました(
 方針では①4月初めに新会員へのヨウ素剤を配布、②空間線量計の更新を進める、③自治体要請行動を実施する、④再稼動阻止ネットに結集し全国の行動に連帯する、⑤風船上げ月例行動を継続して実施(右写真参照)、⑥看板の新規設置に努力する、ことを決めました。
 ここ数年、意見や指摘のあった役員については、代表・副代表・事務局長・顧問について大幅に変更し、盛田正・代表をはじめとする下記の新体制を決定しました。ぜひ皆さんのお力添えをお願い致しますとともに、新体制で脱原発・志賀原発廃炉へ全力を上げます。

◆堂下町議が特別報告、3.11は風船あげ

 総会終了後、引続いて堂下健一・志賀町議による特別報告「志賀原発をめぐる町政の動き」が行われました(P3に関連記事)。また、3.11フクシマ6周年の日には、団結小屋に盛田代表以下9名が集まり、風船50個を上げ、月例風船上げを開始しています。

 
  代    表  盛 田 正(羽咋市)新   運営委員  志田 哲夫(七尾市)
  副 代 表  滝 口 保(羽咋市)新     同     角三 外弘(七尾市)
  事 務 局長  多名賀哲也(羽咋市)新    同     道具 欣二(高岡市)
  事務局次長  藤岡 彰弘(富山市)    会計監査  小桜 正二(志賀町)
  運営 委 員  池端 憲子(羽咋市)      同     松田 満之(羽咋市)
    同     境井 信幸(羽咋市)
    同     比 良 保(志賀町)    顧  問  堂下 健一(志賀町議)新


 北電ウオッチングまたは大研究  その③

    今度は火事騒ぎ! 火元の協力会社は東京電力の子会社だった

◆2月17日 志賀原発敷地内の協力会社「東京エネシス」(*100%東電子会社)から出火。電源コードのショートが原因。火災報知体制の不備が露呈。
◆2月22日 北電は機関投資家向けに、20年債の社債100億円分を発行した。志賀原発の安全対策工事と富山新港LNG1号機工事の資金に充てる。
◆2月28日 北電は6月に、六ヶ所村へ低レベル放射性廃棄物・ドラム缶480本分を海上輸送すると発表。
◆3月2日  福島での除染作業に参入させる見返りに、環境省の出先機関の職員を違法に接待したとして、高岡の土建会社の元経営者が逮捕される。
◆3月3日  福井県越前市内で配線工事中、作業員が誤って高圧充電部に触れたため、1500戸が1分間停電。
◆3月7日  北電と中部電力、東京電力ホールジングスの3社が災害対応や原発の運営技術で連携する協定を結んだ。(お粗末・安全無視の3社で実効性は?)
◆3月8日  北電、雨水流入「事故」に関わる「止水措置実施計画」をとりまとめ原子力規制委員会に提出。最終的な完了予定は来年3月。
◆3月10日 原子力規制委員会の審査会合で、北電は2号機の関わる断層で、比較的新しい「S-2・S-6断層」に絞って活断層ではないことを立証すると説明。規制庁側は「同意できない。対象を絞り込むのは危険」と疑問の声が相次いだ。


   
【追記-1.10北電本社回答&追及行動 

 昨年12月26日、「雨水流入事故」についての北電の「最終報告」がようやくまとめられた。私たちは1月10日、再度北電本社を訪ね、今後の方策についてきちんとした責任のある説明を求めた。しかし、北電が、「再発防止策」として提示したもののほとんどは、通り一遍の内部チェック策にすぎず、わずかに「原子力発電所における活動状況全般を監視する組織を新たに設置する」という項目だけが目をひいたにすぎない。ところがこの「組織」なるものも、まだ何も中身が決まっておらず、いつ発足させるかもわからないというのだ。こんなわけのわからないもので、お茶を濁そうとするつもりなら、北電の体質はさらに腐っていくだけだ。
 いまだにこの重大「事故」を、北電は「事象」と呼んではばからない。志賀原発を新規制基準に対応させるための工事を優先させようとあせり、雨水対策が疎かになったために「事故」が発生したことはあきらかなのだ。「事象」などと他人事のように言っている限り、事態の本質に触れることさえできないし、北電にはそのつもりもないのだろう。
 ●以上の報告を書いていると、またまた「うっかり事故」のニュースが飛び込んできた。2月17日、志賀原発の敷地内にある「協力会社」のプレハブ事務所で火災が発生。報道によると、その原因は電源コードのショートで、火災発生に気づいたのは、別の「協力会社」社員。当の「協力会社」の業務は原発各施設内に火災報知器を設置することだったという。
自分の会社事務所を「お留守」にして、どんな火災報知システムを施工しているのやら、まったくあきれてしまうが、まさにこれが北電と志賀原発の現状なのだ。北電が再稼働にこだわり続けるかぎり、住民の不安だけが増していく。(藤岡彰弘・記)


    ヨウ素剤536人分の更新を実施ー氷見、高岡など新規希望対象に

 本通信発想に合わせ、富山県呉西地区(氷見、高岡)はじめ3.11後に配布希望をした方へのヨウ素剤更新を実施します。重ねて、新配布方式へのご協力をお願いいたします。 *なお、広河隆一さんが主宰する月刊写真雑誌『デイズジャパン』2月号に特集「原発事故に備えてヨウ素剤を持とう」の中で「②グループを通じて手に入れる」の項に、本会員の渡辺竜生さんの声が載りました。紹介します。
⇒■東京都世田谷区の渡辺竜生さんは次のように言う。「日医工のヨウ化カリウム50mg丸を10丸所持しています。大人1回分は2丸です。これは石川県羽咋市のある団体が一括購入し、2年に1回(直近は15年3月)の頻度で会員向けに配布しているものです。できれば使う機会は来てほしくないのですが、いざという時は現場からの距離にかかわらず、事故を知った時点で服用し、遠くへ逃げるつもりです」 なお、この石川県羽咋市は1992年には独自にヨウ素剤を購入し、97年から学校や保育所に配備した経験を持つ。

    堂下町議の志賀町政報告に思う

  北陸中日新聞・能登地方版にはほとんど毎日のように志賀町の記事が載る。原発関連は当然だが、文化行事や定住促進まで「公-民」の様々な活動が他の地域より大変活発に行われているように感じるのだ。やはり原発からのお金の力なのか?それとも原発後を模索しているのか?後者であれ、と思いながら読んでいる。
 2月25日の堂下議員の町政報告によれば、他の立地自治体に比べ志賀町は財政面において原発依存度は低く、地元雇用も少数とのこと(美浜町=1,555人、志賀町=168人-2012年)。今ならば廃炉となっても原発に頼らない町づくりが可能なのだ。
 数年前大腸ガンで入院手術する羽目になった。自覚症状がありながら放っておいたために破裂寸前まで肥大、幸運にも内臓脂肪が患部を包んでいたため転移を免れた。ガンと原発を同列には論じられないが、生活と命を絶つ可能性は同じ、初期において楽観しがち、危険を無視したがるのも同様である。―「事故の可能性があれば、いつか必ず事故は起きる」パーキンソンの法則
 志賀原発が廃炉になっても40年にわたる廃炉工事は続く。それなりに経済効果はあるだろうが、周辺住民を巻き込んでの危険もまた継続する。今後の志賀町政と町民の活動が目前の経済よりも未来を見据えたものであってほしい。(七尾市・志田哲夫)

    国、電力会社に盲従した大阪高裁決定に抗議する!

 本通信の印刷開始直前に、高浜原発の稼動を差し止めた大津地裁の仮処分を取り消すという大阪高裁の決定が出された。福島事故前に歴史を逆行させ、人権を擁護する司法の責任を放棄する不当極まる決定です。私たち命のネットも満腔の怒りをこめて抗議します。
それだけではありません。「原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合することを、相当の根拠、資料に基づいて主張立証」すればよいなどという、福島原発事故以前に出された伊方原発・最高裁判決でも言わなかった判示をしていることです。
 福島事故以前に金沢地裁などいくつかの裁判所が示した判断すら否定しています。この仮処分裁判には金沢地裁で志賀原発2号機運転差止め判決を行った井戸謙一裁判長(その後、定年退職)が弁護団長として関わって来られました。それだけに憤りと口惜しさは如何ばかりか、と拝察されます。重ねて不当極まる決定に抗議するものです。

    「きれいな環境を子孫に」-民意は不屈だ!

  ◆産廃処分場めぐる住民投票は不成立に終わったが◆         ― 輪島市門前町・舘谷 富士夫 ―

   産廃と原発の建設の過程は似ている。国内最大級のゴミ捨て場は管理を含め60年、東京ドーム×4杯分345万㎥、総事業費125億円。過疎に苦しむ5所帯の限界集落脱出との引き換えが巨大迷惑施設誘致。
世界遺産を身売りする取引に問題はないか。民意を無視し、県と市が決めてよいか。このまま日本列島第1号の産廃処分場を進めてよいか。全国的な関心事となっている。石川県輪島市門前町大釜の産業廃棄物最終処分場計画をめぐり、建設の是非を問う住民投票が2月19日に行われた。
 梶文秋・輪島市長は告示前から「建設に賛成なら投票しないのも選択肢のひとつ」と発言。棄権をあおる言動は秘密投票を損なう投票妨害だと批判が集中し、物議をかもした。市の住民投票条例第6条には「住民投票は市長が執行するものとする」とある。
 問題は、条例を執行する側のトップでありながら、一方で「投票に行くな」と有権者に呼びかけ、市職員・請負関係にある建設土建業・小売業者らの家族を心理的に操って住民投票の不成立を狙ったことで、市長への忠誠心を試す「踏み絵」のようにしたことにある。
 これらは民主主義の破壊そのものではないか。法秩序に従わない裏社会の犯罪組織“産廃マフィア”存在を疑わせた、岐阜県御嵩町の町長襲撃事件。町長は産廃に反対して暴漢に襲われ九死に一生を得た。この事件も産廃の是非を問う住民投票がからんでいた。しかし、輪島市とは違って投票成立⇒建設反対が多数を占め、計画は白紙撤回となった。
 行政と業者とを裏で操る産廃ビジネスの暗躍。梶市長のやっていることは、まるで関東の大手産廃業者タケエイの営業所長と見まがう変節ぶりだが、市長には悔い改める最後の機会、タケエイとの環境保全協定の締結が残っている。国内最大級の巨大産廃施設誘致の企てはある意味、建設ありきで用意周到に仕組まれてきた。なぜ住民の理解が得られれないまま、タケエイが11年にわたり執拗に建設計画を進められたのか。
 2011年に輪島市議会で2度目の反対決議があり、市民の約6割、1万4千人の反対署名が県に提出されてもタケエイは計画を断念しなかった。撤退に追い込まれなかったのは谷本正憲県知事、宮下政博自民党県議、梶市長、そして自民党輪島市議団・拓政会ら建設推進派が心強い後ろ盾であったからに他ならない。
 住民投票の結果は残念ながら、市条例の50%条項に阻まれ、市長と拓政会・市議らの思惑通り不成立、不開票で終わった。しかし、投票率42.02%の数字は、これからのたたかいにとっては必要で十分な激励票だった。全有権者24815人の約4割1万人の市民が建設反対の意思を明確にしたことの意義は大きい。推進派の執拗で陰湿な投票妨害にあらがっての投票行動だけに、堂々と投票に足を運んだ有権者の皆さんの「きれいな環境を子孫に残す」勇気ある決意は尊く輝かしい。
 建設に異を唱える住民の熱は今なお冷めず、「勝てなかったが負けてもいない」として引き続き来春の市長選、再来年の市議選でも反対を掲げ、産廃計画を白紙撤回させるまでたたかう構えを3月12日の「住民投票総括集会」(主催=輪島の産業廃棄物処分場問題を考える会)で再確認した。原発の再稼動を許さないたたかいのように、産廃反対の運動形態は変わるだろう。建設はもとより産廃搬入を差し止めるシーンも想像しながら、みなさん共にがんばりましょう。

<輪島市産業廃棄物最終処分場計画の経緯>

◆2005年  門前町が大釜地区への誘致を決定。
◆06年1月 門前町が計画公表。2月―輪島市と門前町が合併。
    12月 市議会が反対意見書。
◆07年2月 市民らが3000人の反対署名を県に提出。
◆08年1月 市産廃問題検討委が建設反対の答申。
◆11年6月 市議会が2度目の反対意見書。
     7月 区長会が1万4000人の反対署名を県に提出。
◆16年6月 市議会が計画を容認。 9月―反対派の市民が「輪島の産廃問題を考える会」結成。 11月―住民投票求める署名活動。
◆17年1月 住民投票の実施確定。2月12日―告示。19日―50%に達せず開票されず。



編集後記
 2月25日、第17回定期総会が開催され、16年度決算報告も承認されました。みなさまのご協力により、伊方や川内原発再稼動反対行動への旅費、看板の再建など多くの出費がありましたが、それに対応する会費納入やカンパがあって15年度も黒字で乗り切ることができました。心から感謝いたします。
 昨年の運動を引き継ぎ、命のネットワークの運動をさらに広げ、志賀原発の再稼働阻止・脱原発社会実現へ活動をすすめることが必要です。このためにも17年度会費の早期納入を新加入者の方をふくめ、ぜひともよろしくお願いいたします。

◆すでに納入頂いた方には、郵便振込用紙を入れておりません。
◆会費は原子力立地給付金の出ている地域を除き、年2,000円です。
◆労金の自動振り込み払いの方を除き、下記のいずれかへ振り込み下さい。

 ◎郵便振込口座 00790-6-19989  命のネットワーク
 ◎北陸労働金庫羽咋支店普通預金口座 2917732 命のネットワーク



<NO.45 2017年1月20日発行>

 臨界事故隠し、相次ぐ長期停止、そして今
  原子炉建屋に大量の雨水流入!
     羽咋・富山十余名で北電本社に抗議申入れ!





 「安全機能を喪失する恐れがあった」―昨年9月28日、志賀原発2号機において、排水路から原子炉建屋1階の非常用電気品室(電源を送る分電盤や非常用蓄電池などが置かれている重要度の非常に高い設備)、同地下1階、地下2階まで雨水が流入したのです。
 最初の警報から4時間余を経て、再び漏電を示す警報が鳴り響き、すでに分電盤はショートしていました。この時点で初めて、北電は職員が対応に動き出したといいます。流入した雨水は6.6トンに達しました。
 たしかに、少し強い雨でしたが、水害や一般家庭や工場で水漏れ騒ぎなど起きていません。それが原発の原子炉建屋に大量の雨水が流入し、重要な電気設備に損傷を起こしていたと言うのです。2007年の中越沖地震で柏崎刈羽原発だけが火災事故を起こしたことを思い出しますが、あの時は「あわや原発震災」という地震でした。しかし、今回はお粗末の限りです。







■福島事故の教訓は全く忘れ去られていた!

 北電は事故翌日現場に立ち会った県の原子力安全対策室が「軽微な事象」とする対応をいいことに、7日もたってからホームページ上にこっそり公表したのです。事態の深刻さが大きく問題になったのは10月19日。原子力規制委員会で各委員から「安全機能を喪失する恐れがあった」と厳しい指摘が相次いだからです。(詳しくは北日本新聞社説をぜひ参照!)
地震による原子炉重要機器の損傷を否定し、津波による電源喪失を強調する原子力規制委の姿勢は許せませんが、浸水による電源喪失が福島事故を決定的にしたことは明らかです。北電や県の対応は福島事故の教訓を全く忘れ去ったものです。
10月27日の県原子力安全対策室への申入れでも県の姿勢に変わりがなく、このため翌28日、直接北電本社への抗議申入れを富山・羽咋十余名で行いました。北電と県の対応が余りにひどいものだっただけに、この日の行動は極めて有効だったと思います。(下記申入書参照)

■再稼動だけが眼中に!12/26副社長の記者会見

 この記者会見で、西野副社長は「本当に初歩的ミスが重なって今回のトラブルに」「運転停止が長期にわたり緊張感や素早く対応する意識が低下」とお粗末極まる実態をやっと認めました。しかし、「運転していたら、こんな対応には」という発言は、再稼動させないのが全ての原因と言わんばかり。止まっていても志賀原発は、やはり危険そのものです。(3㌻経過を参照)



                                                              2016年10月28日 
北陸電力株式会社 社長 金井 豊 様
                                                              命のネットワーク代表代行 盛田 正 
                       抗  議  申  入  書

 さる9月28日、貴社は志賀原発2号機において、雨水流入による漏電「事故」を引き起こした。雨の量がもっと多ければ、重大な事故につながっていた可能性がある。ところが貴社は、この「事故」を、発生から7日もたってから、最も基準の低い「事象」としてホームページ上で報告し、それですませてしまった。
 「事故」発生から3週間後の10月19日、原子力規制委員会定例会において、この「事故」のことが大きく取り上げられ、出席委員から次々と貴社の安全管理体制に疑問が投げかけられるに至って、ようやく貴職自ら陳謝と反省の弁を口にした。だがそれも、決して住民の不安に真摯に向き合おうとしたからではない。
 地域住民への「説明会」は、規制委員会からさらに5日後。わざわざ貴社の関連施設を使い、参加者を一部地区の代表に限定し、質疑応答も非公開にするなど,、あまりに露骨な形だけの「説明会」だった。誠意のかけらもない「説明」に意味などない。こんな「説明」と報告ですまそうとする貴社の姿勢に対し、私・たちは強く抗議する。 
 しかも、この「事故」の扱いを、貴社はその後も全く変えていない。基準上、最も緊急度の低い「事象」にしたまま、規制委員会からの批判さえホームページにのせていない。貴社は何を反省したというのか。
 「事故」当時、貴社は再稼働の条件となる2号機の「安全性向上施策」のための関連工事を急がせていた。そのため雨水の排出も仮設ポンプに頼らざるをえなかったのだという。「安全性向上」のために、安全が極度に脅かされるというのでは、まったくの本末転倒。再稼働の準備工事に前のめりになっているから何も見えなくなる。いや、見なくてすませられるのだ。活断層の上にある原発に、安全などありえない。一体いつまでこんなことを続けるのか?
何度も繰り返し私・たちは貴社に訴え続けてきた。それでも、もう一度言う。
 志賀原発を、今すぐ廃炉にする決断をせよ。その決断を先延ばしし続けることに、断固抗議する。


 ≪北電ウオッチング≫

9月30日 北電、2号機の安全性向上?工事の完了が遅れ、17年度内になると発表。9.28事故には触れず。
10月7日 マンスリーレポート9月分の運転保守情報に、9.28漏電による警報の発生を記すが、事故・故障には該当せずと記載。
10月19日 原子力規制委の定期会合。雨水流入トラブルで厳しい声相次ぐ。(北電社長は配慮に欠けたと陳謝)
10月24日 原子力規制庁が報告書の提出を指示(1号機にも)。赤住区委員会・安全推進連絡会に対しアリス館横の原子力技術研修センターで(内輪だけの)陳謝。
10月28日 雨水流入で中間報告書を規制庁に提出。(富山県にも報告と陳謝)
11月7日 1号機の雨水流入対策の報告書を規制庁に提出。
11月16日 原子力規制委員会が、北電の中間報告は「事実関係の整理にとどまり、根本的な原因の分析がない」と指摘。地下送電用ケーブルの追加点検も指示。
11月24日 県原子力環境安全管理協議会で北電、中間報告の内容を説明。
12月5日 志賀原発訴訟で北電側、審理の継続を要求。
12月8日 北電、マレーシアLNG社と売買契約。(新港火力の液化天然ガス)
12月26日 







「安全協定と避難計画を考える」
 70余命の参加で末田一秀さんが講演


 11月20日、七尾市ワークパルで石川県勤労協連合会と七尾鹿島勤労協連合会が主催して「第22回フォーラム石川in七尾―安全協定と避難計画を考える」が開催され、末田一秀さんによる講演が行われました。
 志賀原発の稼働に関する同意権を持った安全協定の締結は、羽咋市だけではなく当地区の七尾市と中能登町も北陸電力に強く求めています。このため、フォーラム石川が七尾で開かれるのを機会に、「安全協定と避難計画を考えよう」と末田さんを招き、七尾鹿島の勤労協会員だけでなく、羽咋や輪島地区の命のネット会員も含め70余名が参加しました。
 末田さんは、志賀原発と各地の安全協定の特徴や違いを紹介した上で、

◆“紳士協定”とよく言われるが、大きな誤りで「法的拘束力がある」。何よりも、自治体と産廃業者が結んだ公害防止協定の法的拘束力を認める最高裁判決が確定している。

◆国は帰還政策をごり押ししているが、福島の18才以下36万人の県民健康調査では173人以上がガンまたはその疑いが生じている。(従来の説明は「100万人に1人か2人」)

◆新規制基準を政府は「世界で一番厳しい」自賛しているが、これまでのひどい基準をやっと国際水準に改めただけもの。それも、原子力推進の国際機関=IAEAの水準です。

◆避難計画も毎日新聞の30キロ圏123市町村調査では、孤立集落が半数にも。伊方をみれば、奥能登の孤立も志賀だけの話ではない。ヨウ素剤も5㌔圏には事前配布と言うが、それ以外の地域は緊急時に配備。とても間に合わず、放射性ヨウ素が流れる中、屋外を移動することに。

◆結局、避難計画は「晩発生障害が出るのは仕方がない」という考えに貫かれている。
最後に、「真の防災対策は、災害源の除去。即ち、原発再稼動の阻止、脱原発の達成しかありません」と強調されました。なお、詳細や最新情報は、末田さんの個人HP「環境と原子力の話」でご覧下さい。「末田一秀」で検索を。



 初めて「もんじゅを廃炉へ!」全国集会に参加!


 12月3日午前11時前に「もんじゅ」が立地する敦賀市白木海岸に到着しました。浜は入江になっていて、左手に釣り人が20~30人もいる港があり、コンクリートで固めた(観)そのままのもんじゅが高台にそびえ立っています。その中間に巡視艇が2隻という配置です。なんともアンバランスな風景の中で全国集会がありました。
 港の背後には白木の集落もあります。巡視艇2隻は集落と集会に向かって浮かんでいます。風もなく日差しも穏やかな中でしたが、落ち着かない雰囲気でした。午後から敦賀市内での全国集会と市内デモへ。初めての参加ですが、この集会が今回で最後になることを願いつつ。(滝口)



 
<視点・論点> もんじゅ廃炉と新潟県知事選挙

 この一カ月(昨年10月)あまりの間に原発を巡って二つの大きな出来事があった。一つは、高速増殖炉もんじゅの廃炉が事実上決まったこと。
 もんじゅのパフォーマンスのあまりの悪さと、原発への社会の厳しい視線を意識して、原発政策の司令塔である経産省がもんじゅを見切ったのである。もんじゅに固執すれば、本丸である原発の維持すら危うくなるという判断だ。経産省はもんじゅを廃炉にしても核燃料サイクルは維持するとしているが、それは口先だけのことである。もんじゅ廃炉に代わる方策(フランスの高速炉開発への協力)に実体がないことがその証拠である。
 もんじゅは(政治的・社会的に)維持できないという経産省の判断と、もんじゅを廃炉にすれば核燃料サイクルは(技術システム的に)成立しないという文科省の言い分は、どちらも正しい。両者を合わせれば、核燃料サイクルは断念するほかないということになる。中学生にもわかる理屈だ。もんじゅ廃炉は核燃料サイクル政策放棄への一里塚である。
 もうひとつの大きな出来事は、柏崎刈羽原発の再稼動が争点になった新潟県知事選挙で再稼動に慎重な米山隆一氏が当選したこと。新人で告示日直前に立候補を決めるという圧倒的な準備不足、電力労連の圧力で連合は対立候補を支援し、民進党は自由投票(選挙戦終盤に事実上の支持に回ったが)という圧倒的に不利な勢力配置の中で、自民党が本部ぐるみで全力応援した県政界の大物に勝ったのである。
 再稼動反対の民意の大きさと強さが鮮やかに示された選挙だった。この二つの出来事は、政府の強引な原発政策があちこちでほころび始めていることと、人びとの脱原発の意思がいまなお固いことを示している。(田中良明) *『原発雑考№340号』より転載。

  日本の原発輸出

 日本の政府と原子力業界は原発・原子力技術の輸出に躍起となっている。11月にそのことに関連する二つの動きがあった。まず、ベトナムで原発建設が中止なった。
 福島原発事故によって各国で原発建設の意欲が低下する中で、ベトナムは日本からの原発輸出がきまっていた唯一の国だった。それだけにこの決定は日本の政府と原子力業界にとって大打撃である。建設費が当初の2.7倍に高騰したこと、親日派の首相が退陣したことなどが理由とされているが、国民の中に安全性についての不安が根強かったことも背景にある。ベトナムは現実的な選択をした。
 つぎに、日本とインドの原子力協定が締結された。インドでは、アメリカとフランスが原発建設計画を進めているが、両国の原発には日本企業が市場独占する機材が使われるため、その機材の輸入を可能にする日印原子力協定がなければ、建設は事実上不可能だった。それでインド政府が日本政府に協定締結を求めていたのである。
 インドは核不拡散条約(NPT)に参加せず核兵器を保有しており、逆に日本政府はNPT遵守が核廃絶への唯一の道と言う頑なな政策をとり続け、核兵器禁止条約や核先制不使用宣言に反対してきた。NPT無視のインドに原子力技術を提供する今回の協定は、日本政府のNPT遵守政策と全く相容れないものである。核拡散防止よりも原発ビジネスを優先させたといわざるをえない。見返りに将来の原発建設で日本に便宜が図られるという裏約束が交わされているのではないか。
 インドは電力不足が深刻で、広大な非電化地域もあり、それらの克服のために原発が必要なのだと言われている。しかし、インドでは電力の30%もが送電で失われており、これを改善する方が電力の安定供給にはるかに有効である。また非電化地域の電化には、送電網建設が不要の再生可能エネルギー発電がもっとも有効である。日本はこれらの分野でこそ協力すべきだ。
(田中良明) *『原発雑考№341号』より転載。



 第1号看板を前面改修し 再建しました!

  10月の台風で完全に倒壊してしまった猫の目交差点の第1号看板が12月、立派に再建されました。4本の支柱は全て鉄柱に、土台もセメントでしっかり固めています。
 のと里山海道・柳田ICを降りてすぐの国道交差点北東側です。ぜひご覧下さい!







<NO.43 2016年2月5日発行>


 3/5命のネット第16回定期総会&
  「石井いづみさんの体験を聞く集い」にぜひ参加を!


  ◆と  き 3月5日(土)13時-総会、   *14時―石井いづみさんの体験を聞く集い

  ◆と こ ろ 羽咋労働会館・2Fホール



 3.11フクシマ5年を迎えて、命のネットは3月5日、右のとおり第16回定期総会を開催し、昨年の活動報告と決算報告、16年の活動方針&予算案を協議します。総会に併せて、改めてフクシマの現実を知るために,「石井いづみさんの体験を聞く集い」をもちます。石井さんは150名を超す高齢者の避難がどんなに大変だったか、その生々しい経験を話される予定です。
 川内、高浜の再稼動が福島の現実がなかったかのように強行され、北電や県は活断層の上に立つ志賀原発の危険性と廃炉の決断をウヤムヤにしようとしています。このため事務局は昨年末から年頭にかけ,12/24対県申し入れと一連の高浜行動に全力でとりくんできました。
つきましては、重ねて、第16回定期総会と「石井いづみさんの体験を聞く集い」にこぞってご参集いただきますよう、会員の皆様によびかける次第です。
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<石井いづみさんの紹介> 1955年、福島県生まれ。情緒障害児施設の寮母、盲重複障害児学校の教諭を経て、97年より高齢者福祉業務へ。3.11当時は入所者150名の特別養護老人ホームでケアマネ-ジャ-の仕事をされていた。福島第1原発が立地する大熊町から七尾市中島町に避難し、現在は市内の高齢者通所施設・生活支援ハウスに勤務されている。
左写真は、能登や小松、金沢の友人たちが金沢の旅館あかつき屋で開いた歓談会で。石井さんは右から3人目。「私は明るい避難者です」と、終始笑顔で語られたとのことです。
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高浜原発動かすな! 1/24緊急現地集会に参加!
     ―暴風と豪雪の中、原発前抗議⇒町内集会・デモー


 関西電力は昨年12月24日の福井地裁(異議審)仮処分決定の逆転取り消しと高浜町&福井県の再稼動同意をたてに、1月末にも高浜原発の再稼動を強行しようと走り出しました。このため、若さの原発を考える会と原発反対福井県民会議は、緊急に1月24日、高浜原発再稼動を許さない!全国集会を呼びかけました。
 命のネットは、暴風と豪雪の中、この緊急現地行動に3名が参加しました。事態を3.11以前に引き戻してしまった12/24福井地裁決定の余りにもひどい内容の批判を含め、藤岡さんの報告と京都の自治体の動きを2~3ページに掲載しています。ぜひ一読下さい。


 高浜原発の再稼動を許さない!
      ――12/24、1/5、1/24現地行動の報告―― 藤岡 彰弘


 1月29日、関西電力は高浜原発3号機の再稼動を強行した。しかし、「原発を止めろ!」の声は、現地でも強まりこそすれ決して衰えてはいない。私も、この12月末からのとりくみや行動に参加して、それを実感した。以下はその報告である。
 ◆12月24日 福井地裁の
あきれた異議審決定
 最高裁から送り込まれた林裁判長が下した決定は、住民側の訴えを全て切捨て、あっさりと先の運転差止め仮処分を覆すものだった。争点となっていた基準地震動の設定や、耐震安全性の確保、新規制基準の合理性等の問題はすべて関電の主張通り。避難計画に至っては、重大事故は起きないと考えられるから、考慮の必要はないというとんでもない決定内容であった。
 福井市内の報告会場に、私たち命のネットからも6人が駆けつけた。会場内には「こんな決定は許せない!」という怒りと、「決してあきらめない」という強い覚悟がみなぎっているのを感じた。    (写真上=1/24ゲート前の抗議デモ。下=高浜文化会館で5百名が集会)
 ◆1月5日 高浜町内宣伝活動に参加
 「若狭の原発を考える会」の呼びかけに応じ、私は集合場所のJR若狭高浜駅に向かった。この日の行動は、高浜町内をチラシを配りながら太鼓をひびかせ、辻々をアピールして回るというもの。歩きはじめるとすぐに雨。それでも元気に旗を高く掲げて町内を練り歩いた。反発を受けたり、厳しい言葉を投げかけられるのではと心配もしたが、町の人々の反応はとってもソフト。むしろ温かく見守ってくれる視線をずっと感じていた。
 ◆1月24日 町の人たちに促されるように町内デモ!
 強風と大雪をついて羽咋と富山を出発したが、高浜町は抜けるような青空だった。私たち命のネット3名も原発ゲート前までのデモ行進に合流。直近の集落へと続く一本道は、デモ隊と機動隊であふれ、渋滞の車が列をなす。いざ事故が起きれば、住民には逃げるすべさえない。怒りを込めて「原発止めろ!」とコールする。
 文化会館での集会後、町内へデモ行進に向かう。町の人たちの反応は、5日の時よりずっと積極的で好意的だった。路地の奥や2階の窓から手を振る人、道路まで出てきて拝むようにする年配の女性、いっしょになって「反対」「反対」と叫ぶ人、笑みを浮かべて写メをとる人たち。むしろ町の人たちに促されてデモをしているようだった。
 現地で元気をもらった私たちは、再び猛吹雪の中を深夜に帰着した。高浜3号機が再稼動されても、次の原発を止めるたたかいは続く。そのための力を、私たちも共に着実に蓄えていこう。あきらめるべきは電力会社の方だ。


宮津市、京田辺市議会が高浜再稼動に反対決議!

 昨年末12月25日、京都府の宮津市と京田辺市の両議会が高浜原発の再稼動に反対する意見書の採択を決議しました。福井地裁が逆転決定を下した、その翌日の快挙です。地裁決定がどんなに住民の安全を否定しているか、福島の現実を無視し事態をそれ以前に引き戻したものか、を満天下に示すものです。自治体は生きています。
 わが故郷=宮津は生きていた!がんばってほしい!
 宮津市の決議には全市民2万人が避難を余儀なくされる30㌔圏自治体の苦悩が反映されています。府県の違いなど原発事故の深刻さの前には全く関係がありません。高校卒業後、宮津を離れて52年以上たちましたが、天橋立・伊根の舟屋・大江の山並み…ふるさとへの思いは変わりません。それだけに宮津市議会の決議には心が震えました。故郷はまだ生きていた!
 また、京都市の南にある京田辺市の決議は、いったん若狭の原発銀座で重大事故があれば、関西の水がめ=琵琶湖が汚染されてしまうことへの危惧が反映されています。再稼動反対の声をさらに強め広げていきましょう。(タナカ記)
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 各地のたより    志賀原発廃炉の実現へ― 雑感ですが一筆一

◆東京町田市・篠田 修一>北陸電力の判断に疑問を持つのは私だけではないだろう。活断層上に原発施設は、規制基準によって認められないことの意味を認識しているのだろうか?電力会社自身の調査では活断層ではないと主張するが、専門家でも将来活動するかどうか判断は難しいとしている。だからといって原子力規制委員会の報告は間違いであると解釈するのには疑問である。
福島のような事故を2度と起こさないためには、危険度の高い原発はなくしていくことが電力会社の責務だと考えるのだが……志賀原発の廃炉が将来に対する安心を保証することになると思う。故・高木仁三郎さんは、脱原発を!と多くの資料を提供してくれました。生前、縁あって勉強会に参加しましたが、高木さんの気力を身近に感じました。
原発の廃炉は、チェルノブイリ事故についても感じます。『チェルノブイリの祈り』(スベトラーナ・アレクシェービッチ著、松本妙子訳:岩波書店)の中に、……人々は忘れたがっています。もう過去のことだと……見落とされた歴史……人間の命の意味、地上に存在することの意味……一人の人間によって語られるできごとは、その人の運命ですが、大勢の人によって語られることはすでに歴史です……
命を守る運動は何を意味しているのか、答えは簡単にはでませんが、語り伝えることは大切なことだと思うのです。原発の廃炉が意味することを深く考えなければならない。
◆飛騨市・門井美保子>いつも本当にありがとうございます。実はヨウ素剤アンケート出したつもりが手元にあり、お届けします。申し訳ありません。でも、この連絡を見たとき、「どうしてこうなるの!」と強く思ったのは確かで、事務局の皆さまは私以上に憤りを感じていらっしゃるのだろうとお察しします。3.11以降、これで原発がなくなる方向にいくだろうと思っていたのに、反対の方向に向かっています。できる限り前線で活動していらっしゃる皆様をうしろから支える一人として、これからもよろしくお願いします。
◆芦屋市・大田美智子>「命のネット通信」ありがとうございました。足の調子はいかがですか?私はこのごろなかなか活動できずニュースを読んだり賛同したり署名したり会費払ったりばっかりで、お恥ずかしい次第。細々ですが、能登原発とめようの頃からですから、もう長いのでしょうか?「(絵葉書の)Ⅰ 能登 赤住の風車」は、珍しく風車の回っている時でした。二つの絵は私たちにとり一番大事な絵です。健嗣ももう丸14年。私も未亡人14年・・。

断層の上に立つ志賀原発は廃炉に!・・・県に再度の申入れ

 年末も押し迫った12月24日、私たち命のネットも参加する「さよなら志賀原発ネットワーク」(共同代表―中垣たか子、南 高広、岩淵正明)は,5月22日の申入れに続き、重ねて「志賀原発廃炉の決断を北陸電力に求めよ」との申入れを行いました(命のネットは4名が参加。全体で18名)主な申入れ項目は以下の2点です(3~5項目は略)。
①県は、原子力規制委員会の有識者会合による志賀原発敷地内断層に関する「評価書」の結
論を尊重すること。
②北陸電力に対して、これ以上調査に時間を費やすようなことはせずに、原発に依存しない
経営方針への転換を求め、1号機・2号機ともに廃炉に向けた検討を速やかに開始するよう申し入れること。
 しかし、早川文昭・原子力安全対策室長は前回同様、県民の安全を守る立場に立つのではなく、「ピア・レビューでは異論も出ている。評価書が最終決着したとは言えない。なお今後の審査を見守っていく」との回答を繰り返しました。*以下、当日配布された「記者レクチャー資料」を参考に(一部割愛)、もう一度、志賀原発の断層を巡る問題点を提示します。必読下さい。
【1】なぜ再度の「申入れ」かー目に余る谷元知事の暴言
 昨年5月、原子力規制委員会の有識者評価会合で、志賀原発敷地内断層につき「S-1、S-2、S-6断層は、13~12万年前以降の活動が否定できない」との全員一致の見解が出た後、11月20日のピア・レビュー(査読会)でも「敷地内断層が活動する可能性は否定できない」とする評価書の根幹部分が認定され、『志賀原発は敷地内重要施設の直下に将来活動する可能性のある断層等がある』という評価書が原子力規制委員会に提出される見込みとなっています。
 それに対して、谷本知事は「学者さんが自分の見解を述べているだけ」「学者は責任を負う立場にないし、どういう根拠で主張しているかもわからない」「予断を持たずに北陸電力からもヒアリングをし、きちんとした方向性を出してほしい」(11月21日付、読売と北国新聞)などと、評価会合で繰り返された科学的な議論の経緯を無視し、県民の安全よりも北電の経営を重視し、志賀原発の再稼動を促すような発言をしています。
 さらに知事は11月25日の記者会見で、「活動性を否定する北電が裁判に持ち込む可能性があるとの見方も示し、≪裁判で規制委が負ければ、面目丸つぶれだ。北電の主張に根拠がないなら、きちっと説明しないといけない。説得力のある説明が必要だ≫と指摘した。」(翌26日の北国新聞)とも報じられています。
 まるで北電側の立場に立ち、有識者会合の結論に異議を唱えようとしていることは、県民として看過できません。5月に「評価書(案)」が公開された時に申し入れましたが、ピア・レビュー後の県の対応をふまえて、今回改めて申し入れることになったものです。

【2】新規制基準では、活断層の定義は?
・新規制基準は、福島事故の反省をふまえて制定されたものです。
・耐震設計上、考慮すべき活断層は「後記更新世以降の活動が否定できないもの」。すなわち、活動が否定できないグレーの場合は、クロと評価すべきなのです。
・「活断層ではない」とするには、後記更新世以降「活動していない証拠」を提示することが必要です。「活動した証拠がない」ことだけでは、活断層の可能性を否定できません。⇒北電は何度も追加調査を行ったが結局、「活動していない証拠」を示せませんでした。

【3】判断基準は、あくまでも安全側に立って!
 過去の安全審査と北電自身による活断層の見落としや過小評価が何例もありました。
★福 浦 断層  2013年になって、ようやく活断層と認定。
★笹波沖断層 2007年3月、能登半島地震の際の震源断層。安全審査では、北電は断層を3分割して同時に動くことはないと評価。それぞれ短い断層なので大きな影響はないとしていたが、能登半島地震では一体となって動き、原発は想定を上回る揺れに見舞われた。
★邑知潟断層帯 地震調査研究推進本部(1995年の阪神大震災後に設置された政府機関)の調査結果によれば、北電の邑知潟断層による地震動の想定は過小であり、この事実が金沢地裁による2号機差止め判決の根拠となった。
★富来川南岸断層 北電はこの断層の一部分しか認めていないが、志賀原発の北方から原発西側の海域まで伸びていると、複数の研究者から指摘。また、同断層にによる地震が発生した場合、敷地内の断層がずれる可能性も懸念されている。⇒左図参照!

【4】学者さんが見解を述べているだけ?―委員の選定方法
 2012年9月下旬、原子力規制委員会は、活断層研究を担っている4学会(日本活断層学会、日本第四紀学会、日本地質学会、日本地震学会)に、原発敷地内の断層調査への協力を要請し、調査メンバーの候補者推薦を依頼。その際、客観的審査を行うため、これまで旧原子力安全・保安院や旧原子力安全委員会で、個別の断層評価に関わってこなかったことを条件とした。 4学会はそれぞれ理事会等で人選し、規制委に候補者を推薦。規制委はそのリストに従って参加を要請し、受諾した研究者が断層調査メンバーとなった。知事の発言は実に選定経過を意図的に無視した暴言である。

 視点・論点  再稼動のための避難訓練は要らない!

昨年11月8~9日に行われた伊方原発原子力防災訓練に対し、8日の早朝から愛媛県庁前で愛媛県職員労働組合(宇都宮委員長)など30名が抗議行動を行い、「伊方原発再稼動阻止」「再稼動のための避難訓練反対」をアピールしました。<下記、11.9愛媛新聞記事参照>
その中で宇都宮委員長は、「10月26日に中村県知事は再稼動に同意しており、組合として30日に再稼動をやめて廃炉に、と申し入れている。原子力災害業務は、従事する労働者の安全が確保できないことは明らかであり、福島では原発労働者、消防、警察、自治体労働者が被曝している。住民も労働者も被曝させてはいけない」と訴えています。
私たち命のネットは3.11フクシマではなく、99年の東海村JCO臨界事故を契機に結成されました。この時、東海村職員は1㌔圏住民の避難呼びかけに中性子線が飛ぶ中を無防備で走り回り、住民ももちろん被曝。ヨウ素材は配布されず、放射性ヨウ素の放出も隠されました。その教訓から、志賀原発訴訟に加え、30㌔圏住民で結成されたのです。
各地の避難訓練は肝心の二つの点に目をつぶっています。本当に被曝せずに逃げられるのか?仮に逃げられても戻ってこられるのか? 3.11の現実に目をつぶった防災訓練は何のために行われるのか―いつまでも知らぬふりを続けるなら、住民と自治体は主権者どころか、「被曝もするし金も出す」お上の奴隷=官奴と言われても仕方がないでしょう。
また、愛媛県職労委員長が訴えているのは、もう一つの原点=「原発は決死隊なしには動かせない」ということです。その覚悟なしに国と電力会社は原発を動かしてきたのです。原子力災害業務に従事することを想定されている全ての当該の人々、とくに自治労や交通運輸の仲間たちが声を上げるときです。沈黙は、「決死隊」を甘受することです。 <多名賀哲也>

















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編集後記

♪ こんなにも多くを知りたるその後に
 知らぬふりできる 再稼動できる  (福田示知恵)
●上記の歌は、橿原市・福田示知恵さんからの年賀状の中にあったものです。
昨年夏、北陸中日新聞に掲載された俵 万智さんの歌『「おかたづけ ちゃんとしてから次のこと しましょう」という先生の声』とも相通じるものがあります。命よりカネ!まったくひどい国家と社会の在り様を何としても変えなければならないと痛感します。
●年賀状には内灘の水口裕子さんの川柳もありました。♪ 暁を信じてアベの闇を掃く(うちなだ戦争ほうきの会)3/5総会は今年の第1歩。ぜひ多くのご参加を!<タナカ記>




<NO.42 2015年11月20日発行>


 知事の再稼動同意は許さない!

  11.1伊方原発ストップ!全国集会-4千人が大集会とデモ!





 11月1日、「STOP伊方原発再稼働!11・1全国集会in松山」が開催されました。5日前の10月26日に愛媛県の中村知事が伊方3号機の再稼働に同意した直後の集会です。各地から4000名が参加し、知事の再稼働は許さぬと熱のこもった集会となりました(命のネットは藤岡、滝口の2名を派遣)

 集会は正午前にプレ企画がスタート。地元トレインズの歌のあと、北海道・泊原発、宮城県・女川原発、石川県・志賀原発(藤岡さんが発言)、鹿児島県・川内原発、青森県(東通原発、大間原発、六ヶ所村)、東京・首都圏反原発連合の1分スピーチ、政府事故調委員も務めた吉岡斉さんと広瀬隆さん(作家)両氏のショートスピーチが行われました。
 集会は、主催・伊方原発をとめる会の草薙事務局長の挨拶で始まり、よしもとの「まんざい」芸人「おしどりマコ・ケン」のトークライブ、協賛団体から鎌田慧さん(さようなら原発1千万人アクション)、長瀬文雄さん(原発をなくす全国連絡会)、ミサオ・レッドウルフさん(首都圏反原発連合)、柳田真さん(再稼働阻止全国ネットワーク)がアピール。
   <写真-「伊方原発を止める会」HPより転載>

 地元と福島から、菅野みずえさん(福島から兵庫県に避難)、根本・福島農民連会長、中川創太・伊方原発訴訟弁護団事務局長、STOP伊方原発!南予連絡会の斉間淳子さんと遠藤綾さんが発言し、斉間さんは、先の15日に亡くなった近藤誠さんが最期まで、原発をなくそうと訴え続けたと報告。吉田忠智(社民)、笠井亮(共産)、菅直人(民主)の3国会議員の発言のあと、高知の外京ゆりさんは、県下自治体への要請や映画会上映などを紹介し、11/29高松集会、30日四国電力申し入れへの連携支援を呼びかけました。

 主催団体の和田事務局次長が参加者4000名と報告。また、翌2日の知事宛請願行動と11月21日の南与宣伝活動への支援要請や南予=愛媛県南部や高知での映画会上映で支持拡大にとりくむ決意も述べられました。集会決議採択、閉会挨拶の後、2つのコースに分かれて出発。事前の要請に応えた各地のハンドマイク担当や鳴り物チームも多く、再稼働を許さない、知事の同意を撤回せよとの、憤りと決意みなぎる大デモとなりました。






10.31伊方の家 ⇒ 全国相談会 ⇒ 11.1ゲート前行動 ⇒ 全国集会に参加
     -電力会社を選択し、原発の電気は要らぬと意思表示を-



 10月31日午前中、八幡浜市の現闘本部=『伊方の家』を訪問。狭い部屋に10人位の方が集まっており、日頃の活動をそれぞれ話し合っていました。住民アンケートの内容など興味深いものでした。
午後、近くの八幡浜市松陰公民館で再稼動阻止ネットの全国相談会が始まりました。保守色の強い地域で活動が困難な中でも、高齢者が反対運動を支え、そのねばり強い活動が今日まで引き継がれていると思いました。広瀬隆さんの「再稼動をあらゆる手段を使って引き延ばす。4月からの電力自由化で原発の電気は要らないということを四国電力に思い知らせる」という力強いお話も印象的でした。(写真―伊方原発正面ゲート前で
 翌11月1日、朝8時に宿舎を出発し30分ほどで伊方原発ゲート前に到着。原子炉3基の建屋が俯瞰できる地形です。地震で岩が上から転がりだしたら、原発敷地はもちろん海まで落ちていきそうな傾斜地です。その海面スレスレにかろうじて整地された狭い場所に伊方原発は立地しています。津波どころか地震そのもので地盤は崩壊し押しつぶされそうな景観です。原発敷地のすぐ上方に米軍ヘリが墜落し米兵6名が亡くなったそうです。高さを見誤れば、激突しそうなことは容易に想像できるような地形で、原発に落ちたら…と考えてしまいました。
 松山市の城山公園やすらぎ広場へ40分位で移動。12時半、いよいよ『STOP伊方原発再稼動!11.1全国集会in松山』の開始です。全国各地から集まった人達のアピールに続き、福島からの報告など何とか再稼動を阻止したいとの思いが強く感じられました。
 昨日に続き広瀬隆さんは、「電力自由化はチャンス。絶対に勝てる闘い」と語られました。原発の電気は要らないという意思を表示して、電力会社を選択する―これが今後の行動の根幹になるのではないかと思います。その後、松山市中心街を「再稼動反対!」と大きな声を張り上げて行進。秋晴れの中、多くの市民にアピールしました。(羽咋市・滝口 保
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 事務局の活動報告

 ◆川内原発・現地行動に参加


 川内原発の8.11再稼動直前の 8月7~10日、原発ゲート前坐りこみ行動(9日は2千人集会)にタナカ、舘谷の2名で参加してきました。
鎌田さん、広瀬隆さん、たんぽぽ舎など首都圏109名の仲間と合流しての行動は、再稼動を止められませんでしたが、不思議と敗北感はなく、猛暑の中、5日間に及ぶ現地行動の一翼に加わることができたという達成感が大きく残りました。再稼動阻止ネットが100名を超す仲間を送り出せたことも大きな成果です。
 10日早朝から4百名が坐りこんだ集会では、輪島市門前町の舘谷富士夫さんが川内原発再稼動絶対反対!志賀原発廃炉の思いと決意をアピールしました(左写真)。炎天下の3日間、本当にご苦労様でした。

 ◆5台の車で、ゲート前封鎖行動が成功! ←8.11再稼動当日

 再稼動日の11日朝6時には地元の5台の車がゲート前を急襲し、完全にゲートを封鎖。必ず再稼動を阻止する、原発の機能を停止させるという人々の意志を目に見える「形」で表現しました。九電はやむなく作業員を海から船で入構させ、警察も説得を行うだけで手を付けられない。封鎖は4時間続きました。意気盛んな全九州・全国の人々が、警察の道路封鎖と宣伝カーをゲート前に入れさせない妨害をものともせず続々と合流。マイクと肉声で「再稼動反対」の叫びがやむことなく続きました。
 <『川内の家』ニュース№70より。地元・鹿児島はがんばってます!



 各地のたより  思わぬ再会を果たす - 8.10川内原発行動


 8月9~10日の川内原発再稼動反対・ゲート前行動。前夜羽田から乗り込んだ東京組第1陣65名の1人に小生は加わった。県の妨害で久美崎海岸での『ロックフェスティバル』2日目が中止になってしまい、9日午前中は、今行動のベースとなる浜の茶屋やテント村のある川内河口付近から約1㌔ほどの浜を、ともあれ原発をめざして歩いてみることにした。
 遠くからは頭だけが見えていた2基の円筒型ドーム(加圧水型)は近づけば近づくだけ殆ど見えなくなり、行き止まりのフェンス越しにぱパトカーが1台、そして作業服の所員らしき2名が双眼鏡で浜の様子を監視していて、デジカメを向けると何故か双眼鏡を下ろす。海上には、鹿児島県警と海保の巡視艇が行き交うでもなく停泊するでもなくーつまり陸を威圧し続けていた。
 炎天下の浜を引き返し、昨夜のフェスのステージ(もどき)に腰を掛け、一息つく。テント張りの屋根があり、日陰に吹く微かな潮風が心地よい。傍らで30才位の青年がギターをつま弾き始めた。


 ♪子供らは泣きじゃくる/腹をすかし泣きじゃくる/(略)お願いだ聞いておくれ/
  街に住むお偉い方/この子らが泣かないように/鉱夫の祈りを聞いておくれ


 亡くなって10年にもなる高田渡の、もう45年以上昔の唄である。「よくそんな古いの知ってるね」 聞くと原曲を聴いたことはなく、近年反原発の替え唄として唄い継がれているとのこと。青年は福井市出身で沖縄などを放浪の後、今は宮崎に落ち着いているという。「福井にいた頃は若狭のことなんか気にも留めなかったんですけどねえ」………。
 小生も似たようなもので、東京暮らしが10年余も過ぎた頃、志賀原発着工のニュースを知り、家出同然に出てドーデモ良かったはずの郷里・石川が無性に気にかかりはじめた。俄かに原発問題が身近になり、数年後、富来の沖崎信繁氏を訪ね、能登原発訴訟の末席に加わることとなる―が、当時紹介を受けた橋さんも中町さんも、沖崎さんご当人も既に故人で、今や旧原告団とのツナがりは、現在も『命のネット通信』を送り続けてくれる多名賀哲也氏一人である。―で、その日の午後、思わぬ再会を果たす。
 午後は猛暑の中、川内原発正面ゲートまでの約2キロのデモ行進。デモを終えた戻り道、自ずとスモーカーは、全109名の東京組1団からやや先行して歩き出す。超スモーカーの広瀬隆氏と並び、やっとこさ気兼ねなく煙草に火をつけた。「…いやあ、ゲート前でのスピーチを頼まれてたんだけどね、バテて休んでいたら、みんな戻って来ちゃったんだよ」―広瀬氏は、残り僅かの所でゲートには辿り着けなかったらしい。
暫くして戻りの道行きにもう一人スモーカーが加わった。「…あなた、前に見たことあるねぇ」「タナカさんじゃないですか! 津幡出身の酒井です!」 互いの素性に気付いたのは、その後の交流会々場である浜の茶屋の目前であった。<東京・酒井長生(津幡町出身)



 沖縄を踏みつけ戦争する国はごめんです!


 戦争法案強行採決が目前となり、緊迫する国会情勢をにらんで、国会包囲10万人集会を先頭に8月30日、全国一斉に集会デモがくりひろげられました。石川でも豪雨の中、2千人の人々が犀川河川敷に集まり、市内デモを展開しました。参加した層も広く、久しぶりに気合の入った行動でした。
 羽咋からも命のネット、勤労協から8名が参加しています。また、ささやかなとりくみですが、9月市議会に戦争法案反対
の意見書採択を求める請願(下記)を、盛田正・市勤労協会長名で提出しました。(盛田さんは命のネット副代表)
 残念なことに、9月9日の総務民政常任委員会では賛否同数で採択されませんでしたが、9月15日の本会議で浅野市議提案の意見書(下記参照)が自民クラブを除く議員の賛成を得て、7:6の僅差で採択されました。やはり良かったと思います。

 いつまで沖縄を植民地にしておくのか!

 戦争法の根っこには沖縄基地がある!


 猛暑の続く8月から9月にかけて全国各地、とりわけ国会を包囲して1カ月以上も数万、十数万の人々が声を上げ立上がりました。かつての政党、労組の動員ではなく、1人1人の行動に拠ったものです。その意義は計り知れません。命のネットも、その一翼を担っていきたいと強く念じています。
 戦争法の根底には、辺野古新基地建設と沖縄の問題があります。戦争法反対の運動は沖縄の人々と固く連帯しなければ、本当の日本の生み直しにはならないと思います。今の異常な日本の有様、右傾化したナショナリズムに突進する安倍政権の動きの背景には、4百年に及び沖縄を本土=大和の植民地にして日本の捨て石にしてきたことを何としても維持しようという狙いが厳然とあります。普天間移設ではなく辺野古新基地反対!普天間も辺野古も沖縄に返せ!という声を広げましょう。




  「戦争法」制定に反対する意見書の提出を求める請願  
                                                      2015年8月27日
羽咋市議会 議長 新田 義昭 様
                                                      請願者 羽咋市勤労者協議会 会長 盛田 正
                                                      連絡先 羽咋市中央町サ5 労働会館内
                                                      紹介議員 浅野俊二
                             【請願趣旨】

 政府は第189回通常国会に、「国際平和支援法案」と「平和安全法制整備法案」の2法案を提出しました。国際平和支援法案は、多国籍軍などの戦争を自衛隊が随時支援できるようにするための恒久法であり、平和安全法制整備法案は集団的自衛権の行使を可能とするための自衛隊法改正案など10法案を一括したものであります。
 いずれも自衛隊の武力行使の条件を整備し、これまで自国防衛以外の目的で行使できなかった自衛隊の力を、米国等の求めに応じて自由に行使できるようにするものです。戦争を放棄し、戦力の不保持を定めた憲法に反することは明らかであり、戦争を準備するための「戦争法案」と言うべきものであります。
 政府は長年にわたって「憲法第9条下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべき」として、集団的自衛権の行使や他国軍の武力行使との一体化を憲法違反としてきました。今回の2法案は、平和憲法下のわが国の基本政策を転換し、戦争を放棄した平和国家日本の在り方を根本から変えるものです。
国会の審議でも疑問点が続出し、内閣法制局長官や研究者、法曹界はじめ角界各層から「違憲」な立法と指摘されています。国民の8割が説明不足であるとし、6割が今国会での成立に反対するなど、内容が知られれば知られるほど、法案への批判が強まっているのが現実です。
私たちは、1内閣の暴走によって歴代内閣と国民が積み上げてきた日本の国の在り方を大きく誤らせてしまうことのないよう、以下のことを求めます。

                             【請願事項】

1.羽咋市議会として、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定の撤回と「戦争法案」の断念を求める意見書を提出して下さい。

*請願は通らなかったが、強行採決はやめよ!との意見書は参議院の強行採決何とか採択されました!
 全国各地でもあべの暴走に反対する決議、意見書採択が採択されています。



                   安全保障関連法案の継続審議を求める意見書
 
参議院で審議中の安全保障関連法案に対して、国民の間に、世代を超えて「説明が十分ではない」との声が広がっています。本2法案が11本の法案が束ねられたものになっていることもあり、一つ一つの法案への理解もすすんでいません。
 安保関連法案は国の根幹にかかわる法案です。実際に運用となった時に、国民生活への影響や地方自治体が担う役割など、その詳細について説明や理解にさらに十分な時間が必要です。

 国民的合意がないまま、国の大きな転換を行なえば、後に大きな禍根を残すことが憂慮されます。よって、国におかれましては、今国会での無理な採決を行わず、継続審議とし、いま一度法制を一つ一つ議論する時間を設け、慎重で丁寧な審議を行うことを求めます。

以上、地方自治法第99条の規定により、意見書を提出します。

                             2015年9月15日
                                                         羽咋市議会 議長 新田 義昭

                   衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣 殿



 視点・論点  記憶をめぐる闘い
― 田中 良明 ―
 
 避難住民に対する事実上の帰還強制、十分な調査抜きでの被ばく障害の否定など、福島原発事故の幕引き=正常化策動が強まっている。事故関連支出の削減が直接の目的だろうが、別の魂胆もありそうだ。 原発苛酷事故は起きないという安全神話は、福島事故によって打ち砕かれた。ほとんどの人はそう思っているし、原発推進の電力会社や政府さえ、「原発は絶対に安全か」と問われると、「そうは言えない」と答える。
 しかし、彼らが原発の経済性や供給安定性を主張するとき、苛酷事故が起きる可能性は完全に排除されている。原発稼働についても、事故を前提にした対応を準備していると言うが、結局のところ苛酷事故は起きないことになっている。そのことは、いわゆる決死隊の問題(通信№参照)を直視しようとしない点によく現れている。安全神話を捨ててはいないのである。
 原発推進派が安全神話を捨てないのは、苛酷事故の可能性を想定すれば、原発の経済性も供給安定性も根底から否定されることになり、原発推進の根拠が崩壊するからである。つまり安全神話は捨てることができないのである。しかし、これはマズイことでもある。表面上の安全神話否定と実際上の安全神話依存との明々白々の矛盾を突かれると、抗弁しようがないからである。
 そこで、本格的に原発復権を図るには、「苛酷事故は起きないが、万一起きても大したことはないのだ」という新バージョンの安全神話が必要になる。この安全神話を成り立たせるには、「福島原発事故は大した事故ではなかった」「そもそも避難する必要はなかった」ということにしておくことが絶対的に必要である。
 福島原発事故の悪利用であるが、これが幕引き=正常化策動の先に推進派がもくろんでいることではないか。推進派は転んでもただでは起きないということである。別の面からみれば、福島原発事故から4年半にして、早くもそれの<記憶をめぐる闘い>が始まっているということでもある。
<*『原発雑考』№327、2015年10月号より転載。田中さんは愛知の読者です

◆編集部注⇒ 伊方原発では、国や県は再稼動を前提にした避難訓練を実施した。志賀でも11月23日に県が訓練を予定している。いずれも半島の付け根に原発があるため、そこの住民を避難させることが前提になっている。そんな事態を考えねばならぬほど異常な施設を認め、稼働させようとすること自体が異常であり、神話そのものだ。対処は廃炉しかない。
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●おわびとお断り~8月上旬の川内原発再稼動に反対する現地行動に参加した後は、戦争法案強行―あべ政治を認めない行動にできる限り結集しました。原発再稼動、辺野古新基地―埋め立てごり押し、そして戦争法案の強行採決―いずれも「あべ政治」そのものです。いつもの編集とは違いますが、羽咋のニュースを掲載しました。
 しかし、今号の通信は当初、8月の川内原発現地行動を中心に、もっと早期に発効する予定でしたが、大幅に遅れ11.1伊方原発全国集会への参加報告と、戦争法案に反対する羽咋での報告をメインとする内容になりました。お詫びいたします。
●実は小生、4月に右ひざの不具合が中々治らず、左足に知らず知らず負担をかけていたのか、8月30日の戦争法案阻止金沢集会で雨中のデモをやった翌日から、左足も痛みだしました。以後、2カ月以上完治せず、心身ともに参ってしまいました。ようやく「通信」を編集した次第です。ここしばくは無理はしないことを専一にしますので、どうかご理解・ご協力のほどお願いする次第です。<タナカ記>